ダ・ヴィンチとしては、「もっと高く評価してもいいんじゃないか」という意味でつけたタイトルなんでしょうね。文学性があるとか、そういう意味の。 作品が思い出とリンクしているってありますよね。 竹宮の「地球へ…」を初めて読んだ時は中学生でしたが、読みたいばかりに学校に遅刻しそうになった記憶が…え? そういうのじゃない? 「ぼく地球」の第一回を読みたいばっかりに「花とゆめ」を学校に行く途中買っていって、トイレで読んだとか(でも何でトイレで読んだんだろう。マンガフリーの学校だったのに…) え? それも違う? 考えてみれば、悪魔くんのひきが良かったから、「ぼく地球」の連載は楽しみだったんですよねー。 でも、ドラマの世界は本当によくマンガをパクリますよね。吉野なんか他にも、「いたいけな瞳」の「愛の名のもとに」が出てきた後に、「愛という名のもとに」というドラマが出てきて、「眠れる森」は同名ドラマで「森=過去を閉じられた女」の解釈が同じでしたし。この間「魔女の条件」が出てきた時は、派手な占い師の話かと思いました。(もちろん松川のですよ。) メジャーでないことをわかってて利用している上にそれでお金もうけしてるんだから、全然光栄でもなんでもないんですけどね。
なんだか嬉しいです。みんな「大人になってもまんが好き」で。周囲にまんが好きがいないし、いてもちょっと違う。吉野朔実を読んでる人に会ったことは、一回しかありません。そんなもの?まんが芥川賞ですか?単にみんな自分のベストワンてことですね。私のベストワンは・・・なんだろう。改めて聞かれると結構迷いますね。(誰も聞いてないって)吉田秋生の「桜の園」や吉野朔実の「少年は荒野をめざす」、「エイリアン通り」「はみだしっ子」どれも自分の思い出とリンクしているものばかりなんですよね。
いまいち、というか、何か気に入りませんでしたね。 話の展開、というかやはり描き方? 大ごま割ってる割には、絵が薄かったり、どうも筋が通ってなかったような…(今度落ちついて読み返してみよう)。 ま、普通の話よりはレベルは高いんでしょうが、最後の2巻はだれたと言う感じ。あれ多分、連載始まった時は、199×年という近未来設定だったんですけど、連載途中でその1990年に突入しちゃったんですね。そこからだんだんペースダウンしてだれてきたという感じがします。 だから作品リストに入れてない、というわけではありません。 宝島ってまだ信用できる方かしら。(青春グラフィティ? 運命の恋人たち?それもちょっと…)ダ・ビンチで去年「このマンガに芥川賞を上げたい」の一位が確か「BANANA FISH」で、二位が「日出る処天子」でしたが、他の順位を見て、「なんであれやあれが入ってないんだよ」と思いました。 でも「BANANA FISH」が「芥川賞」を上げたいに1位ということは、みんな「芥川賞」というものがどういうものか理解されてないんですね(する必要もないと思うけど。あんな芥川賞なんてつまらん作品群に「BANANA…」とか並べたら、「BANANA…」という作品に失礼だと思う。) ドラマ「永遠の仔」が三原順の「はみだしっ子」にあらすじが似てる似てると気になってたんですが、今日もっとすごいのを見つけた。「ビューティフル・ライフ」なんですけど、気のせいかなあ…。 また詳細を吉野のページに書いておきますね。
「ぼく地球」のラスト、お二人ともイマイチだったのですね。私はそこそこでした。でもまあ、あそこまで盛り上げといて、終わりがあっさりしすぎじゃないか?とか、なんかもう少しないんか?(だからと言ってどんな終わりがいいかというと…汗)とは思いましたけど。それより次の「うてな」の方がもっといまいち。途中までは結構いい感じだったんです。私的にはね。でもやはり終わりが「もー少しなんとかならんのか?」って思いました。絵もね、ますますバランス妖しくなってくし。まだ「ぼく地球」の方がいい。とかいいながら、読んでるんすけどね。この間、別冊宝島「このマンガがすごい!」っての古本で買いました。まだぱらぱらしか見てませんが、「文学するマンガ」ってジャンルに「吉野朔美」さんが紹介されてました。作品は「Eccentrics」。他には岩館真理子「アリスにお願い」、内田善美「星の時計のLiddell」ちなみに他の吉野作品はどんなジャンルかというと…「少年は荒野をめざす」青春グラフィティ、「ジュリエットの卵」運命の恋人たちでした。
裏切りのメロディってなんかすごい。でも私の好きな吉野朔実や清原なつのは、絶版になりがち。(昔は生臭い感じがして清原なつのは苦手だったのに、最近急に読みたくなった作家です。)ところで「ぼく地球」のラスト、私もいまいちだと思っていました。えっ、輪が好きなの? なんだか唐突と思いました。咲花さんがどの辺りで「気に入らない」と思ったかはわかりませんが、評価が高い作品なだけに、ちょっと言いにくいなあと。(経過は大好きですよん。ずいぶん泣かせてもらいました。)日渡早紀が変わったというより、花とゆめが変わったと今では思います。恋愛至上主義、もしくはキャラの人気のみの作品たち。でもいまだに花ゆめ読んでるところが弱い。
日渡はコミックスも持ってますけど、どうも「ぼくは地球をまもって」の終わり方、というか、描き方が気に入らなくて、それ以降ぱったり読まなくなっちゃいましたね。>さがみさん 悪魔くんシリーズももうかかないんじゃないでしょうか。 なんか日渡特有の愛嬌、というかダサさのある作品でしたが、今の彼女はもうやんないんじゃないかな、そういうの。 YAHOOですか。さがみさんが来られた時とちょっとリンクの仕方がかなりかわってはいるかも。>伊万里さん うちは読みもしない母がとってたんですよ。ダンボール三箱分(?)捨てるのが苦手な人で。 古本屋がこれだけ繁盛するのも、案外古い作品をもう一度見なおしては、という考え方が出てきてるのかもしれない。他の遊びよりお金かからないですしね、マンガ。不況に功を奏したのか、あるいは不況が障害となっているのか、まだまだわかりません。 でもみんな捨てがたくて押入れにとってるんですよね。それで、下宿するとき、お嫁に行くとき、一人立ちするとき、「これどうしようか」なんて悩むのかもしれない。で、ブックオフに売りにいかれたり、一番好きな奴だけとっておいたりする。捨てる分も「もう読まないから」とかいいつつ後ろ髪ひかれたりするんだろうな。 しかし、五年くらい前までなら普通の本屋で買えてたものが、絶版になったりして、また読みたくなったら買えばいいや、などと思っていた人などには、裏切りのメロディだったりするのだろう。
日渡早紀のカレンダーは持ってないけど、「ぼく地球」までのコミックスは全部持ってます。絵柄はどっちも好きですね。それより最近のストーリーについていけなくて、寂しい限りです。>咲花さん「捨てなかった」というのはうらやましい。社会人になって4回引っ越しをしたので、まんがをその度に処分してしまい、後悔しきりです。「ラ・マスケーラ」もその時手放したみたい。その間、実家の母に勘違いされ、実家にあったまんがも処分され・・・。4月にまた引っ越しをするので、今度こそ全部持って行きたいものです。
私、日渡の悪魔くん載ってる奴持ってまっせ。まあ、彼女の場合ホントに別人ですな。っていうか、「僕地」の方が違う絵だったのに、今や逆になっちゃった。悪魔くんシリーズはもう書かないのかな?あれで終わりなのかな?白泉社のカレンダーは最近のは買ってない…というより、買いたい漫画家さんのじゃsないから買わないに近いかな?自分の好きな漫画家さんのなら買うもんな。>咲花さんへそうそう、ここはね、YAHOOには登録されてないので直接はでないけど、間接的には出ます。どこぞのリンクで。私は今はネスケ使用ですけど、検索してはじめてここにきたのは、YAHOOでしたよ。
カレンダーは持っている、というより捨ててなかっただけ(ものぐさのようでちょっと…)なんで…。でもみんなほしいとは思わないけど、見てはみたいでしょ? 特に日渡あたり…。 >伊万里さんへ 特集に選別する作家の基準って、私も創作する(小説)んですが、だいたい「十代で影響を受けた人」という、極めて個人的な理由で選ばれています。竹宮の場合は、理論も何もふっとばして人を麻薬のようにぐいぐいとひっぱりこんで酔わせるストーリーを書く人という基準でしたが、吉野の場合は、理知的・精神的、にもかかわらず、どこかロマンティシズム、ですね。ゴツゴツせずに質が高い。 でもこの基準で行くと、三原順とかもいつか特集することになるんでしょうか。ちょっと重いかも(笑)。 ECCENTRICSの最終巻だけなくなってる。参ったなあ…。 しかし、みなさんどっから来はるんでしょうね。(ここYAHOOには登録されてないんですよ。)今ぐらいの人数が、一番管理しやすいですけどね。 これからも宜しくお願いします。
はじめましてです。いや、吉野朔実特集には顔出してますけどね。特集中はしつこくきますので、覚悟してください。ところで、みなさんカレンダー持ってるんですね。中学生の頃私の宝物だった「エイリアン通り」カレンダーを!!小中学生の頃、もしも袋(災害時、最優先で持ち出すものが入ってる。おもにまんが。水や乾パンはけして入ってない)にずっと入ってたのに、いつのまにか処分したらしい。いいなあ。うらやましいなあ。成田美名子は「エイリアン〜」の頃の絵が一番すき。今またいろいろ集めてますが、カレンダーは手に入らないですねえ。
カレンダー、見てみたら、1985年と6年の分でした。 「エイリアン通り」は最後の分ですね。 1985年カレンダーに「アリオン」の分が入ってて、さがみさんおっしゃるように、私も工夫して切らずに置いてましたよ。これ、映画化決定の前のだから、結構レアものなのかな? 白泉社のは、確かにこれイラスト集を意識してますよね。表紙の裏に作者のコメントがちゃんとついてたりして。箱に入れて渡されましたし。 それよりもちょっとびっくりしたのが、日渡早紀の第一弾カレンダーを持ってた、ということで、悪魔くんと早紀シリーズと、記憶鮮明とごっちゃになったのです。今のと全然絵が違って、本人は見たくないでしょうねー。 あと白泉社って小物もシリーズで出してて、今度の増改築の騒ぎで「CIPHER」バインダーって出てきましたよ。さらっぴんで使ってなかった。 450円、当時の私には高額でした。「CIPHER」の時って顔、細くて長いですよね。エイリアンの時は結構丸い。 そういえば、日渡と成田って昔仲いい、というか、お互い尊重しあってたように見えたんだけど、今どうなんでしょうね。
白泉社のカレンダーって一番好き。仕様がね。上の方リングだから切り離さなくていいんだもん。普通のタイプはどうしても切り取らなくてはいけなくて、どうすれば一番良いかさんざん考えた結果、紐を使って工夫した記憶があります。昔買ったカレンダーはすべて持ってます。あれは一種のイラスト集のようなものですものね。
さがみさんの書き込みで思い出しました。 白泉社が出してた、あのイラスト集みたいなカレンダー、もってますよ、私。多分(押入れの中)。なんと「エイリアン通り」から。 あれ今どれぐらいの価値あるんでしょう。(ないかな?) 絵の変遷が一番激しい人って、やはり日渡早紀ではないでしょうか。 この間篠原千絵の絵も見てびっくりしましたが。 ある程度流行ってあるんでしょうね。吉田秋生さんが「BANANAFISH」書いてる時は、大友さんの影響ですか?とモロに思いましたが。・・・どうでもいいけど、二人とも偉大だなあ…。
漫画家の絵のノリってありますよね。特に古い漫画家さんはね。わたしがどういうことを指しているかというと…例えば成田みなこさん(漢字忘れた)、彼女は一時期顔が長かったですよね?「サイファ」の中間から後半くらい。この時期の白泉社から出ていたカレンダーを持ってますが、それも顔が長い。絵的に好きな時期は「サイファ」の前半かしら。樹なつみさんは私的には「オズ」「パッションパレード」あたりの絵が好き。そういう意味では竹宮惠子さんは「イズァローン」「風木」後半あたりかな?長くやっていれば、こういうのって当たり前なんですけどね。
なくなりませんよ、竹宮恵子の作品リスト。 全部動きを止めるだけです。 せっかく書いたのに〜。 「地球へ…」って何書いたっけって感じで、すいません。 ちょっと長すぎましたね、一年は。 だらだらしないように半年でせめてみます。2回目特集だから一回目よりいいものを、という野望(笑)があります。 宜しくお願いします。
吉野朔実さんってことは、その後のドロドロものへの橋渡しとなった「少年は荒野を目指す」なんかもとりあげるのでしょうか?ちょっと楽しみです。その後の「天使の卵」でしたっけ、どんどん、どろどろ度が増していきますよね。だけど、例の短編読み切り連作シリーズ(ごめんなさい、タイトル忘れました)なんかも含め結構どろどろ哲学時期突入後も、何だかんだ言って結構好きでした。(「異人論」の影響を受けた「こんな夜だったな」の話もあった)このごろは、半文筆業のような感じですよね、吉野さんも。でも、かつて読んだ作品群は今でも輝いています、少なくとも僕の中では。竹宮さんの特集が終わってしまうのは少々さみしいかな(まだ全部読んでないせいもあるか)「地球へ」論を政治社会学的立場でまとめた力作、僕にはあまりなかった視点なので感心いたしました。僕は「彼はゴールを目指すアタッカーなのだから」の視点中心で見てたものですから。(少年漫画的視点ですね)と言ったところで、なくなる前に読めるだけ読んでおきます
メルマガを受信されている皆様はもうご存知かとは思いますが、次回の特集は、吉野朔実さんです。 なお、竹宮恵子さんの特集は、まもなく終了、順次動作系のページを閉じてきたいと思います。初めての特集で至らぬことも多かったとは思いますが、お付き合いくださいましてありがとうございました。動作系ページの結果と、作品リストは閲覧可能にしておきますので、よろしくお願いします。
私の場合は、純粋に面白くなくなったから読まなくなったというのが正直なところなんですけど、でも、「え? あの作品まだ続いてるの?」というのが結構あって、読者のレベルが下がったのか、それとも我慢して読んでいればその後面白くなっていったのか、と、考えたりしますが、どうもよくわかりません。 でもやっぱり、大人になったんだから、読むのやめたら?って言われたり、自主的に読まなくなった人ってのも結構いるんじゃないでしょうか? なんか私もここ立ち上げようとしたきっかけが、大学院のアメリカと韓国からの留学生が、そろってマンガで修士論文書きたいというのをきいて、発奮したって感じです。アメリカの日本のマンガサイト見てみたら、「何勝手なこと言ってんだよ」てのと、「そんなわかりきったこと、なんでわざわざ書くんだ?」ってのがあって、これじゃあ、いかん、と私にしては珍しく真面目な理由で、ここのコーナー作ったんですよね。(何かのファンサイトの方が人呼べるんですけどね。) 島国根性丸だし?(笑) 以上、ちょっと体調復活の兆しの咲花でした。
私も読まなかった時期がありました。というか、読みたくなかった。今は「もう二階が抜ける」ほど蔵書があるくらい読みまくっていますが、つい3〜4年前くらいでしょうか、本を買っても開こうとしなかったです。それでも買うのを止めた訳ではありません。心では「今は読みたくなくてもきっとあの時買ってれば良かったと思う時がくるかもしれないから」と思い買う行為だけはしてました。古本屋にも行ってたのに、買った本は読まなかった。…なんだったんでしょう?飯塚さんも言ってますが、自分での優先順位が変わったのかしら?確かにその時期は子育てが忙しい時期だったけど、今、子供が二人になってもっと忙しいように思えるけど読んでる。読みすぎて嫌になったのかしら?何事も「しすぎ」は良くない。好きな食べ物も連日連夜食べてるといいかげん食べたくなくなるのと同じかしら?まぁ、今はばりばり読んでるからいいか。>Tちゃんさん私も萩尾好きです。(私のなかでは”はぎもと”と勝手に省略されている)「マージナル」「銀の三角」あたりが好きかな。バレエ物も好き。「フラワーフェスティバル」あたりとか。あと私が好きなところは、ちょっと古い漫画家さん。竹宮惠子、木原敏江、名香智子、神坂智子、吉田秋生、いくえみ稜、くらもちふさこ…新しい所では「先生!」(マーガレット)の人(名前思いだせん。年か?)なるしまゆり、中村かなこ、よしながふみ、忘れちゃいけない小野塚カオリ!…きりがないのでこの辺で。
実は私は、昨年の今頃は「今は読んでない人」の部類でした。あんなに好きだったのに、なんで離れていたんでしょうね?復活したのも突然で、もう「呼ばれた」としか言いようがない。私自身がマンガから離れていたのは、それ以外にやるべき事が多くて、優先順位が下がっていたからです。厳密に言うと「スピリッツ」とか「モーニング」とか、夫が持ち帰っていたマンガは読んでいたんですけど、自分で探して買って読もうと言う気持ちにはなれなかった。誰だって忙しいとは思うけど、気持ちが向かないとどうにもならない。で、まぁ、どうにか心に余裕が出来た時に急に読みたくなって、今までの空白を埋めるかのごとく、昨年はよく読みました。雑事に追われる生活から、少し開放されたんでしょう。でも、私と似たような境遇の人でも「復活」しない人はたくさんいます。よくよく聞いてみると、学生時代は自分で買って読むほどだったのに、実はそれほど好きじゃなかった、て事のようです。どんなマンガが好きだったのか、とか、誰のファンだったのか、とか聞いても、きれいさっぱり忘れてます。こちらが言えば、ああそうだったと相づちを打つ程度。大方そんな傾向にあります。しかも私の周りには、この手の人が圧倒的に多い。マンガに限らず読み物を読むのって、既婚女性にとっては労力を要する娯楽ですよ。買いに行く、借りに行く、時間を見つけて読む、一度に読めなかったら次の機会を見つけて読む。でもTVやビデオなら、あらかじめ何時間で終るのかが分かっている、何かをしながらでも見られる、結構てきとーに付き合える娯楽だから、これで間に合わせる人は多い。マンガを捨てようと、意識して読まなくなった人は、それほど多くはないんじゃないかと思ってます。本当に好きな人なら、読む時間があるなら読みたい、と思ってるんじゃないかな、ただし、その人の中でのマンガの優先順位の高さが問題。もっと気楽に読めるように、公共図書館にマンガを置いて欲しいのが私の望み。結局、世間での文化としての認識が低いのが根底にあるんじゃないかと思うんです。仮に映画並みに扱われていれば(ワイドショーで紹介される程度でも)、もう少しは読まれるんじゃないでしょうか?更に付け加えれば、適切な評価が出来る人が少ないのも一因なんじゃないかと思います。