コメント:神坂智子の代表作はたくさんある。シルクロードシリーズ、『小春びより』、『T.E.ロレンス』、『蒼のマハラジャ』など。どちらかというとマイナーな作家だが、ファンには固定ファンがいて、しかも根強い。その中で小品中の小品、四話で幕を閉じるオムニバス、『如月坂の幽霊屋敷』は、目立たない存在であるが、一度読むとどこか心に残る不思議な作品でもある。
幽霊もの、といえば、幽霊と恋に落ちる哀しい恋愛ものだとか、ホラーものを想像しそうであるが、この幽霊ものは一風変わっている。第一、よく読むとちょっとおかしい。
家の中で勝手にものは動くし、見えないはずの如月姐さんが、ものを持てたり、掃除をしたり、お茶や酒まで飲んだりする。しかも、現代の服まで持ち出して、着たりする。だから、食べたものは形があるのにどこへいったんだ、とか、見えないのになんで服が着れるんだ、とか、着た服まで姐さんの姿が見えない人には見えなくなるのか、とか、少々突っ込みまで入れてみたくなるが、そんな突っ込みを蹴散らしてしまうコミカルさがあり、しかも、それがまた味にもなっているから不思議だ。
コミカルでシニカル、軽薄で情熱的、それがこのストーリーの魅力であろうか。
オムニバスであるので、幽霊屋敷の元の住人、如月姐さんと、今の恋をそれぞれの住人の視点に合わせて書かれて行く。四話完結なのが、ちょっと物足りないが、きちんと閉められているので、かえっていいかもしれない。
しかもストーリーを運ぶ如月姐さんは粋でかわいいし、まるで恋のキューピットなのだ(幽霊だけど)。
今ストーリーを振りかえると、現在では幾つかの作品で見られたラストになってしまっている。もしかしたら神坂のこれをみんなが踏まえているのかもしれないし、あるいは、その大元ネタがあるのかとも考えたが、もしかしたらこういうネタにすれば、ラストは自ずと選ばれるのかもしれない。でも、同じ「待つ」がテーマでも、『雨月物語』の「浅茅が宿」のような陰惨さはないし、「望夫石」のように、待つうちに石になってしまったようなほったらかしの中途半端さもなく、熱く、そして、さわやかなラストである。
とりあえず、オムニバスで読んだ後、ちょっと甘く幸せな気分になれるのは、間違いない。
ただ、私が神坂をすごいと思ったのは、コミックスラストに付されたあの書き下ろしのわずか5ページだった。おそらく、ちょっと気の小さい作家だと、あの書下ろしはできないと思う。でも、「オイオイ…」と突っ込んで(実は話の中にもそういう設定はある。待っていた将校の帰ってこなかった理由が方向音痴で地球を反対に一周してしまったとか…。太郎くんでなくてもめまいがするぜ。)、こちらも受け入れてしまえるあたり、それもまた神坂の才能かもしれない。(C)少女マンガ名作選
あの度量があるからこそ、既に映画でイメージ付けられてしまったアラビアのロレンスを、自分であそこまで大胆に創作して(『T.E.ロレンス』新書館)、しかも、ファンに受け入れさせてしまえるまでに描き切れるのだろうと、改めて実感せずにはいられなかった。