コメント:神坂の持つ独特のノリのよさと、テンポのいいストーリーテリング、だけれども、人間洞察の深さゆえに、作り上げられる世界の厚み――神坂がそれまでの様々な作品を書くにあたって身につけてきたものが凝縮された、ベテランと呼ばれるにふさわしい作品である。描かれる世界の時代的には『T.E.ロレンス』と微妙にかぶさり、同じ地名を登場人物たちが通ることさえあるけれども、『T.E.―』を全く感じさせずに、この作品はこの作品として、モイラという女性の視点を通して作品が語られていくのである。
話の冒頭を読んでいれば、英国大使の娘モイラという少女が、インドのマハラジャと出会い、結婚して、とシンデレラストーリーの感さえあるが、結婚前も後もこんなに苦労するシンデレラはいないだろう。というか、こんなに働くシンデレラストーリーの王妃様はいないだろう。話の中心は、甘い甘い恋愛談よりも、王と王妃としての政治的闘争が中心といった感がある。政治的闘争といっても、それはモイラという妃候補、後の妃から見た政治であるために、諸外国とのかけひきが直接的に描かれるわけではない。また、難関な用語がたくさん出てきてドロドロと暗い世界になるのかとおもいきや、女性モイラの視点で書かれているからか理解しやすく、(というよりもマンガの大衆性を考えれば、どんなものであれ、難解な用語を使用するほうが間違えているといったかんじであろうが)、その性格上明るく、理解しやすい。けれども、決して手を抜いているわけでもないので、読み応えがある。
テンポはいいが、よく気をつけてみていれば、「そんな馬鹿な」なラッキーすぎる、あるいはアンラッキーすぎる展開も随所に見られるのである。一時帰国した叔母に、バーンズ家の財産権をめぐって全寮制の学校に入れられてしまい、インドに帰れず、マハラジャ・シルバがイギリスまで来たので自力で学校を脱出、直後に、シルバがモイラを迎えに来たと公言する。せっかく大手をふって会えるはずだったが、すれ違い、しかもモイラが脱出中に迷って、偶然、ドイツ軍のイギリス攻撃作戦メモを見てしまい、それでドイツ将校にインドへ向かう旅でつきまとわれる結果となり、自家用機は爆破され、インドまでの道を陸と船で進まなければならなくなってしまう。
結局、街で子供に盗まれた、半分の蒼の石を追ったモイラは、車にはねられて、その車の主がサウジ王の十六王子、エミール・ラージャだったためにドイツ将校の追っ手の手から逃れることができるのであるが、しかし逃れたと思ったのも束の間、エミールに惚れられて求婚されてしまい、拉致された状態になるのでインドに帰れず…といった具合で、「こんなに上手い具合にすれ違いや偶然が続くの?」と意地悪な目でみればそう見えなくもないが、よくこれだけおいしい偶然がおもいつくものだ、と関心する方が大きく、どんなハプニングが行く手に待ちうけているかわからないこともあって、ずるずると作品世界にひきずりこまれていく。
設定も、また、的を得た時代、人物におかれている。インドは英国から独立し、王制も廃止に向かって歩きつつある時代だった。シルバは最後のマハラジャであり、モイラもまた、最後の王妃マハラーニだったのだが、モイラの出身が、近代国家であるイギリスの中流階級でそだった女性であるためか、王族に嫁ぎながらも、市民の視点を既に培っているために、シルバの実行しようとしていた改革のよきパートナーとしていかんなくその能力を発揮している。マハラーニとなるモイラの設定はそういう成育環境にあった上で、聡明でかしこく、政治学も経済学も学んではいないが、無理なく国を動かすブレインとなっているのである。
ふと気付けば、政治というものは、『蒼のマハラジャ』のような視点で行われるのが、理想なのかもしれない。市民の立場にたって、市民の幸福を願う。そうすれば堅苦しく考えず、わかりやすく、正しいと思われることは、それが大きな賭けであろうと恐れずにやれるし、変えるべきことも変えていけるだろう。(C)少女マンガ名作選
この作品の良さ、読み応えは、様々なところにあるだろう。私などが印象的だったのは、実はエミール・ラージャとシルバの第二公妃になるはずだったウシャの恋、そしてモイラをマハラーニと知らず恋してしまう、ナルシスや、陰謀のために数多くの殺人を繰り返したラジマタの最後など、人間の心の機微に関わる部分だった。
恋、複線、設定、などなど、ベテランでなければこれほどまでに配置良く、技術を感じさせず、しかも読ませる作品は作れないだろうと思われた。各場面のドキリとする描写、マンガ家としての上手さ、また、その上手ささえ感じさせない、レベルの高いストーリー。
注目度も評価ももっと高くてもいい作品のように思われるのだが。