咲花倉庫少女マンガ名作選特集・神坂智子

担当者:咲花圭良 作成日:2001/06/20

作  品

蒼のマハラジャ

コミックス

あすかコミックス(角川書店・全十巻)

初  版

1 1990/8/17 2 2/17 3 1991/3/17 4 6/17 5 9/17
6 1992/2/17 7 6/17 8 12/17 9 1993/3/17 10 6/17

初  出

月刊「ASUKA」1990年3月号〜1993年6月号

登場人物:モイラ・B・バーンズ、シルバ・アジット・シン(インド藩王国ジョドプール王マハラジャ)、ジョア・ホールディン(建築家)、チャンドリカ・ホールディン(医師・ジョアの妻)、マーサ・バーンズ(モイラ祖母)、シバ(モイラ従者)、パンディット(同)、エミール・ラージャ(本名ラージャ・エル・フィール・マフマド・イブン・サウド サウジ王第16王子)、ウシャ・クマーリ(シルバの第二王妃候補)、ヘムラータ(前王第一公妃)、シュテルンエッカー・ブロイ大佐(ドイツ軍人)、ヒヤシンス、ベネトン、サヒバ、モイラ父(英国大使)、母、ラジマタ(前王第四公妃)、ナルシス(後シンディア・シング・バーンズ)他

あらすじ:第二次世界大戦前夜、英国統治下にあったインドのはずれ、ラジャスタン地方の藩王国「ジョドプール」に、英国紳士バーンズ氏は、妻と娘のモイラを連れて大使として赴任した。
 娘のモイラは好奇心旺盛の年頃だった。その日も、宮殿に与えられた自室を抜けだすと、ある部屋のドアを勝手に開けようとして、背後から少年に呼びとめられる。少年はそれが自分の部屋で、部屋のベッドに毒蛇がいるというのだ。そこでモイラは少年と共に毒蛇を退治したが、礼も満足に言わないその少年の態度にモイラは怒ってしまう。しかし、その後、この少年こそが、このジョドプール藩王国の若きプリンスで皇太子、シルバなのだとわかる。
 少年はモイラより一つ年上の十五歳だった。彼の父王は高齢で、八十歳を過ぎており、シルバの上には五人の王子がいたが、全員不慮の事故でなくなってしまっていて、最後に残ったたった一人の王位継承者だった。そのため、この若い王子は日に何度も毒消しを飲む。また、モイラ自身、シルバがなにものかにねらわれているのを目撃してしまった。そこでモイラはシルバの友達になることを決意する。
 ある日、モイラは買い物と称して父親に砂漠の密談へと連れられた。帰るとシルバの小間使いが部屋の果物を食べて死んでおり、仰天したモイラは、シルバを探しまわるが、その時、蒼の部屋という、シルバが生まれたときに作られ、彼しか知らないその部屋につれ込まれた。シルバを本当に心配したモイラ、そんなモイラを見てシルバは王位継承のしるしである「蒼の石」と呼ばれる巨大なサファイアの原石を見せる。それをきっかけに二人は大の仲良しになる。
 ところが、モイラは自分の父親が王弟で大臣のサヒバと密談をし父が英国のスパイらしいことをかぎとってしまう。さらに宮中に銃が大量に隠されているのを偶然発見してしまった。そこへシルバの父王が危篤におちいり、やがて王は死に、まだ幼いシルバがマハラジャへと即位した。
 即位のその時、モイラは以前みつけた王宮内の銃のありかを訪ねていくが、みつけた場所には既になく、挙句の果てにモイラは王宮内のどこかに閉じ込められ殺されかける。が、奇跡的に助かり、自分の父親と、大臣サヒバの王を倒そうと画策するがゆえの癒着を知っていたモイラは、シルバを救うために、自分の娘をとるかサヒバをとるかを賭けて、父親に殺されかけたことを告げた。
 結局は、大臣サヒバが王を倒すがために英国の国力を欲しがったのと、藩王国を手に入れたいという大使の思惑が、前王の死によって決裂した。モイラの父は自分の娘を殺されかけたこともあり、大臣サヒバが内乱しようとしているからシルバに忠告しろとモイラに促す。ところがそれを横できいていたモイラの母親は、政治に娘を利用したとして混乱し、取り乱すのだった。
 王宮の医師がモイラの母親に鎮静剤を注射したが、数日経つと、狂ったように薬をほしがりはじめたので、シルバの母親が食事にアヘンをいれて狂い死にさせられたという言葉を思い出し、医師から薬の入った注射をとりあげてシルバのところへ持って行くと、やはり母親が打たれていたのはアヘンだった。
 しかし、その間にモイラの母親は死んでしまい、発見した父親が犯人であるサヒバを問い詰め、英国に軍隊の要請状を書くようせまった。英国が藩王国を事実上手に入れるためだ。ところが、父親はその場でサヒバの部下に撃たれてしまい、またサヒバを撃ち返して、共に果てた。
 しかし、大使もサヒバも死んだのに、困ったことにイギリス軍が砂漠の外れを取り囲んでいる事を知る。執筆者・咲花圭良
 シルバは、モイラの父がサヒバに書かせた軍出動の要請状を持って行けば、モイラは助かるというのだが、モイラは父の裏切りを知って、その要請状を破り捨て、友としてシルバの国を守るため一緒に戦うと誓い、案をこらし、イギリス軍を追い返してしまった。
 そのいきさつがあって、シルバは王のしるしである蒼の石を二つに割り、ささげ、戴冠式には妃として隣にすわってほしいとモイラに求婚する。

コメント:神坂の持つ独特のノリのよさと、テンポのいいストーリーテリング、だけれども、人間洞察の深さゆえに、作り上げられる世界の厚み――神坂がそれまでの様々な作品を書くにあたって身につけてきたものが凝縮された、ベテランと呼ばれるにふさわしい作品である。描かれる世界の時代的には『T.E.ロレンス』と微妙にかぶさり、同じ地名を登場人物たちが通ることさえあるけれども、『T.E.―』を全く感じさせずに、この作品はこの作品として、モイラという女性の視点を通して作品が語られていくのである。
 話の冒頭を読んでいれば、英国大使の娘モイラという少女が、インドのマハラジャと出会い、結婚して、とシンデレラストーリーの感さえあるが、結婚前も後もこんなに苦労するシンデレラはいないだろう。というか、こんなに働くシンデレラストーリーの王妃様はいないだろう。話の中心は、甘い甘い恋愛談よりも、王と王妃としての政治的闘争が中心といった感がある。政治的闘争といっても、それはモイラという妃候補、後の妃から見た政治であるために、諸外国とのかけひきが直接的に描かれるわけではない。また、難関な用語がたくさん出てきてドロドロと暗い世界になるのかとおもいきや、女性モイラの視点で書かれているからか理解しやすく、(というよりもマンガの大衆性を考えれば、どんなものであれ、難解な用語を使用するほうが間違えているといったかんじであろうが)、その性格上明るく、理解しやすい。けれども、決して手を抜いているわけでもないので、読み応えがある。

 テンポはいいが、よく気をつけてみていれば、「そんな馬鹿な」なラッキーすぎる、あるいはアンラッキーすぎる展開も随所に見られるのである。一時帰国した叔母に、バーンズ家の財産権をめぐって全寮制の学校に入れられてしまい、インドに帰れず、マハラジャ・シルバがイギリスまで来たので自力で学校を脱出、直後に、シルバがモイラを迎えに来たと公言する。せっかく大手をふって会えるはずだったが、すれ違い、しかもモイラが脱出中に迷って、偶然、ドイツ軍のイギリス攻撃作戦メモを見てしまい、それでドイツ将校にインドへ向かう旅でつきまとわれる結果となり、自家用機は爆破され、インドまでの道を陸と船で進まなければならなくなってしまう。
 結局、街で子供に盗まれた、半分の蒼の石を追ったモイラは、車にはねられて、その車の主がサウジ王の十六王子、エミール・ラージャだったためにドイツ将校の追っ手の手から逃れることができるのであるが、しかし逃れたと思ったのも束の間、エミールに惚れられて求婚されてしまい、拉致された状態になるのでインドに帰れず…といった具合で、「こんなに上手い具合にすれ違いや偶然が続くの?」と意地悪な目でみればそう見えなくもないが、よくこれだけおいしい偶然がおもいつくものだ、と関心する方が大きく、どんなハプニングが行く手に待ちうけているかわからないこともあって、ずるずると作品世界にひきずりこまれていく。

 設定も、また、的を得た時代、人物におかれている。インドは英国から独立し、王制も廃止に向かって歩きつつある時代だった。シルバは最後のマハラジャであり、モイラもまた、最後の王妃マハラーニだったのだが、モイラの出身が、近代国家であるイギリスの中流階級でそだった女性であるためか、王族に嫁ぎながらも、市民の視点を既に培っているために、シルバの実行しようとしていた改革のよきパートナーとしていかんなくその能力を発揮している。マハラーニとなるモイラの設定はそういう成育環境にあった上で、聡明でかしこく、政治学も経済学も学んではいないが、無理なく国を動かすブレインとなっているのである。
 ふと気付けば、政治というものは、『蒼のマハラジャ』のような視点で行われるのが、理想なのかもしれない。市民の立場にたって、市民の幸福を願う。そうすれば堅苦しく考えず、わかりやすく、正しいと思われることは、それが大きな賭けであろうと恐れずにやれるし、変えるべきことも変えていけるだろう。(C)少女マンガ名作選

 この作品の良さ、読み応えは、様々なところにあるだろう。私などが印象的だったのは、実はエミール・ラージャとシルバの第二公妃になるはずだったウシャの恋、そしてモイラをマハラーニと知らず恋してしまう、ナルシスや、陰謀のために数多くの殺人を繰り返したラジマタの最後など、人間の心の機微に関わる部分だった。
 恋、複線、設定、などなど、ベテランでなければこれほどまでに配置良く、技術を感じさせず、しかも読ませる作品は作れないだろうと思われた。各場面のドキリとする描写、マンガ家としての上手さ、また、その上手ささえ感じさせない、レベルの高いストーリー。
 注目度も評価ももっと高くてもいい作品のように思われるのだが。

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