少女マンガ名作選作品リスト

担当者:綏子  作成日:1999.7.11

作 品

月虹 ―セレス還元―

作 者

水樹和佳

コミックス

1.ぶーけコミックス『月虹』(前編)1982年6月 (後編)1982年7月 
        コミックス化に際し50頁加筆
2.SG(集英社ガールズ)コミックス『月虹』1989年9月
3.創美社コミックス『月虹-セレス還元-』1997年1月

初 版

1、前編:1982年6月、後編:1982年7月
2、1989年9月
3、1997年1月

初 出

『ぶーけ』昭和56年4月号から9月号連載

登場人物:ソミュー、マーリア、プラズマ、羅貴、ムルティ、カーリー

あらすじ:西暦2072年、ソ連とアメリカ、東西の緊張の高まる中、世界の核弾頭は30万個を越え、人々は核パニックを通り越して麻痺状態となり、末期的な状態で退廃的に生活し、アメリカでは夜ともなるとマッドラーズという集団が無差別破壊を繰り返すようになっていた。ソ連からの亡命女性科学者マーリアの妹、ソミューは、生まれつき目が見えず、「どこかに帰りたい」という思いを抱えながらアメリカで暮らしていた。ある日、突然の事故に、目の見えないソミューを助けたのは、ソミューの全く知らない男だった。そして、男はソミューに「時間だ。セレスの記憶を解放してくれ。」と言う。地球は、あと1ヶ月も持たない。分解してセレスを還元するのだ、と。訳が分からず抵抗するソミュー。そこへ姉が駆けつけ男は消える。
 姉が恋人羅貴と出かけた晩、テレパスの少年、ムルティと留守番をしていたソミューは、家に訪れたあの男の気配を感じた。一人テラスへでたソミューの目に光線を当てる男。ソミューの目は見えるようになり、男の姿を見た瞬間、ソミューの心はセレスへとトリップするのであった。「セレス、それが答え。帰りたい、セレスへ」
 ソミューの目をあけた男はマッドラーズの抗争に巻き込まれ、体が「反応」したために大爆発を引き起こしてしまう。その爆発で仲間が死に、怒ったマッドラーズのリーダー、カーリーは、男を追いつめ、名乗らない男に「プラズマ」とあだ名を付ける。ニュースで男の姿を見かけたソミューは、まだ全てを思い出さないままであったが、男が何者であるか確かめるために街へ出かけ、取り囲まれた男「プラズマ」を見つける。パトカーが表れ、全員が逃げ出す混乱の中で、ソミューとプラズマとカーリーは郊外の洞窟へと逃げ込むのであった。僕たちの故郷セレスを還元するのだ、というプラズマに、私たちの地球なのだ、と抵抗するソミュー。私が死んだら? というソミューの言葉に、ソミューにエネルギーを与え、不死の体とするプラズマ。ソミューは仮死状態となって、マーリアはソミューの死に呆然となる。
 遺体保存室からソミューを連れ出したプラズマは、三千年前、プラズマやソミューとともに地球に舞い降りたセレス人の魂が宿るセコイアの木の元へとつれていき、一緒にその記憶を見て欲しいと頼む。セレスは他の星系の惑星。三千年前、セレスの軌道は大きくずれ込み、太陽へと引き込まれることが分かった。それまで、人々は、平和なセレスになぜ、不吉な恐ろしいエネルギーを持ったシィノーン(=プラズマ)が生まれたのか分からなかったが、魂に無限の記憶が可能であるティラーン(=ソミュー)との二人によって、セレスの還元が可能であることを知る。三千年後の地球文明の終焉を予測したセレス人は、「その時」がきたら、地球を分解しセレスを還元すべく、二人を地球に送り込んだのであった。セレスの記憶を内包しながら、転生を繰り返してきたソミュー。そして、プラズマは、グリーンランドの地層の中で、時がくるまで眠っている筈であったのに、地層の動きで二千年早く起こされて、すさみ、暮れて行くだけの地球を眺めて来たのであった。その時がきて、ソミューとともにセレスを還元することだけが希望だったプラズマ。しかし、地球人類として転生してきたソミューは、地球の未来を信じたかった。
 一触即発の空気が漂い、核戦争の危機が近づき人々がシェルターへの避難を始めた。自分が死んだと思い絶望する姉マーリアのために、姉の恋人羅貴の居る日本に向かったソミューとプラズマ。そこで、二人は地球人類の生き残りを賭けたネオ・ルネサンス運動を知る。その基地が助かれば地球の破壊を待とう、という結論となるが、心ないスパイの「軍事基地らしい」という報告で、ついにその基地も攻撃目標となった事を知る。羅貴はアメリカのマーリアとテレビ電話で話をする。「もう、シェルターには入れない。ソミューの復讐をするのだ」というマーリアに「1時間でも、2時間でも、君自身のために生きてくれ」と言う羅貴。マーリアは「紙飛行機を飛ばすのが夢だった」と答え、直後に回線が切れた。宇宙空間で軍事衛星同士の攻撃が始まったのである。あと30分で地上にも攻撃が及ぶ。しかし、セレスを還元しようとしたとき、ソミューの魂は地球とセレスに引き裂かれそうになった。ソミューの痛みを見かねたプラズマは、基地の地下シェルターから単身地上に戻り、自らの体で基地を守ろうとする。超ビームを受けたら、死んでしまうかもしれないのに。マーリアがエアポートの端から祈りを込めて紙飛行機を飛ばす。直後に襲いくる閃光。(C)綏子
  そして・・・

 泣かないで、ティラーン。少しもこわい所じゃないんだから。地球はセレスと同じくらい美しい星だから。ごらんよ、月虹だ。地球でも見られる。地球の虹の伝説を知ってるかい?  そう・・・、二度と決して人類を滅ぼさぬという神の約束だそうだ。

・・・・今度は人間が神に約束するのかもしれないね・・・・

コメント:ここまで書いて、結末を書かないのはおかしいかも。でも、私の主義として、ネタバレは、したくないのです。この感想にはネタバレが入っていますので、結末を知らずにお読みになりたい方は、是非、最後の段落は読まないでください。
 この作品が描かれたのが1981年、今から18年も前、という点に、私自身が歳をとった、という感慨と共に、どうしても驚きを隠せません。当時は、ソ連の体制が崩れるとも、ベルリンの壁が無くなるとも、全く予想のつかない時代でした。この物語も米ソの対立を軸に世界の破滅へと向かう構造となっており、その点は旧いのかもしれません。しかし、本当に世界の破滅は遠ざかったのでしょうか? 今回、この物語を再読して、その危機感はむしろ却って身に迫ってくるように感じます。
 物語の中で、資源を持たない経済大国日本が、第九条を捨て、核を持ち、経済の見通しが悪くなって軍需産業に手を染め、人々が無気力となっていった経緯が描かれます。不景気が続く昨今、この見通しは絵空事ではない響きを持っています。しかし、作者は、時代の先端を行った日本であるからこそ、そこに再生への希望が現れてくるのだ、と、日本に興ってくるネオ・ルネサンス運動を描きます。ここでは、全ての研究がただ、種族維持、という目的によって行われています。今まで戦いによって進化してきた人間の、本能との最後の戦い。その戦いを乗り越え、進化した平和な星として、セレスがあるのです。セレスが乗り越えてきたのだから、地球人類だって乗り越えられる、というソミューの台詞に希望を感じます。ところで、この、最後の砦が日本であるという点、実はこれは、作者の最新作であり、先頃完結した「イティハーサ」にも通じるところがあるのです。「イティハーサ」を読む前でも後でも、是非読んで頂きたい作品です。
 作中、終末期の世界で、人々の優しさを物語るエピソードがいくつも織り込まれ、物語は進みます。一つ一つのエピソードが、ソミューを地球に振り返らせ、はじめはソミューの希望のために行動していたプラズマを、立ち止まらせることになります。
 でも、実は、なにより切ないのは、作中登場するプラズマ(シィノーン)の思い。平和なセレスで、その身体の持つ恐るべきエネルギーを理解されず、迫害されたであろう事が、物語の中で示されます。そして、そのシィノーンが愛したのが幼いティラーンであって、二人のセレス時代の回想シーンは端々に描かれ、どれも切なく美しい。
 私はコミックスで初めて読んだので、作者の50頁にも及ぶ加筆がどの辺にあったのか、知らないのですけれども、それだけ作者の思い入れのある作品なのではないでしょうか。今読んでも、絵柄の古さは殆ど感じられません。(C)少女マンガ名作選
 私は、初めは地球を分解してセレスを還元する、という発想と、そのSF性に惹かれました。次にはプラズマ(=シィノーン)の想いに胸打たれました。そして世紀末の今、日本にネオ・ルネサンスのような動きが本当に現れるだろうか、と、切実に感じます。
 ぶーけコミックスを持っていたのですが、大好きな作品でしたので、SGコミックスになったときにも買いました。ここから、最後のシーンのネタバレです。最後、地上に訪れたティラーンがシィノーンを探すシーンで、シィノーンは風にとばされたティラーンのケープを纏って現れます。基地を助けるため失った片腕(腕一本の損失済んだ訳です)と、服が分解して素っ裸となってしまった体を隠すために。実は、このケープはマッドラーズのリーダー、カーリーが、アメリカから日本に移動するときに女装に用いたもので、ネオ・ルネサンス村で再会して、ソミューに返したケープでした。SGコミックスでは、「作者の頁」でこのシーンをパロってあり、「この時のためにカーリーにケープを持って来させたのかよ・・・」というティラーンのつぶやきが描かれています。水樹漫画にはこういう細かいところへのこだわりがある、ということなんですね。先頃、創美社コミックスから美しい装丁で発売され、それを購入したので、古本に出そうかとも思ったのですが、そのたった二頁のために、SGコミックスも手放せなくて、『月虹』だけで三種類持っているという・・・縁の深さなのでありました。

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