少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良  作成日:1999/11/4

作 品

ナンキン・ロード
 南京路 に花吹雪

作 者

森川久美

コミックス

花とゆめコミックス(白泉社・全四巻)、あすかコミックス(角川書店・ソフト版・全三巻)

初 版

11982/2/25、2 9/25、3 1983/4/25、4 12/21

初 出

月刊『ララ』(白泉社)昭和56年8月号〜58年5月号

登場人物:本郷義明、黄子満(ワン・ツーマン、日本名:影村詮)、小此木大佐、鬼怒川雷蔵、葵文姫(ツアー・ウェンチー)、ヨセフ・マサーニク(コールド・ブラッド・ジョー)、カルロ、宋方震(スン・ファンチェン)、有田、水上、胡正平(フー・シェンピン)、紅雪美(ホン・シュメイ)、他

あらすじ:時は1936年、日中戦争前年である。中国領土でありながら、外国人租界という治外法権の町を抱え込む、上海という町を舞台に物語は展開される。
 魔都・上海に、日本から追われるようにやってきた新聞記者・本郷義明は、ある事件の後(注:「蘇州夜曲」で描かれた事件の後)、そのまま上海にとどまり、日々新聞の上海支局員として日々を暮らしていた。抗日行動の激しい日本で、作家宋方震が襲われたことを聴きつけ、彼はボディーガードをかって出る。そのボディ・ガードの途中、宋が日本人に襲われるのだが、かつてこの上海で事件の時に知り合った青年・黄子満(ワン・ツーマン)と再会、宋の事件そのものも、中国人が日本人に化けて襲っていたことを知る。
 その後、本郷は日本から内々に日中関係の改善のためにやってきた外務省の秋山という人物を、小此木大佐の依頼で警護することになるのだが、白昼堂々、南京路で本郷の隣で暗殺された。(C)咲花圭良
 そのことで日本の情報は筒抜けであることが判明し、何者かが、日本と中国のいさかいを悪化させ、戦争へと導こうとしているらしいということまでが察知できた。だが、その影の組織を探り当てるには、公的機関によっては限界があると小此木大佐が判断、そこで、その暗躍する陰の組織を割り当て、阻止するために、地下組織を結成する必要に迫られた。その中心人物として白羽の矢が立ったのが、本郷と、黄子満だった。
 黄子満は言下に断るが、本郷とともにその謎の組織に命を狙われ、依頼を受けざるを得なくなる。組織は日本人租界の一角、宝山路54号に居を構えたことから、「54号」と呼ばれることになる。本郷、黄のほかに、腕に覚えのある日本人、元警察官の水上や、有田が参加し、また医者として、小此木大佐の養女、中国人の葵文姫が入ることになる。
 迎え撃つ敵の正体は、黄の古い友人が、54号のメンバーに荷担していたことから、組織のアジトに潜入、その中心人物の正体が、上海シンガー銀行南京政府援助部門担当・ヨセフ・マサーニク、またの名をコールド・ブラッド・ジョーであったことがわかる。二人が以前、パーティーの席上であった人物だった。ジョーは、商売のために必要なもののために、金で頼まれれば国同士に戦争を起す、戦争請負人であり、この上海に乗り込んだのも、日本と中国の間に戦争を起すことが目的で乗り込んできたのだった。
 話は、日本人を父に持ち、中国人を母に持った黄子満の、二つの祖国に挟まれた複雑な心理や、それぞれの私怨、感情が絡み、思わぬ方向に事件が進められていく。

コメント:この作品自体は、「南京路…」の前作、「蘇州夜曲」の続編である。おそらく森川久美というマンガ家を、世に知らしめた代表作といっていいだろう。
 日中戦争のおよそ三、四年前からストーリーは始まり、「南京路…」自体は、前年の正月から翌年の七月、日中戦争勃発までを描いている。だから、「あらすじ」の末尾では「思わぬ方向に…」と書いているが、実際は「進むべき方向に進んだ」、という方が正しいのだ。
 実際の事件の中に、全くの虚構を折り込んで話を展開させる、という手法は、三原順「XDay」や、後の清水玲子「月の子」でもなされているが、この「南京…」も上手い。(C)少女マンガ名作選
 話は進むべき方向に進んでいるはずなのだが、進んではいけない方向へと導いているような感覚を読者に起こし、またその展開が自然である。しかも、悲壮感はあまり感じさせず、ただただその「悪夢」にずるずると引き込まれていく。

 とりあえず、登場人物はみなかっこいい。
 そもそもこの作品をジャンルわけすれば、おそらくハードボイルドだろう。絵柄も森川独特の劇画タッチ、かつ艶のある絵柄、拒絶もせず、こびもせず、と言った具合である。
 中でもワン・ツーマンという、二つの祖国に挟まれた青年が暗躍することにより、物語はいっそう深みを増して行く。日本についても中国についても裏切り者、腕がたちすぎるわりに、繊細すぎる神経は、腕がたつゆえに、さらに彼を人殺しや裏切りの苦悩へと追いやることになる。暗躍する組織のものとしては、あまりに「優しすぎる」のだ。
 ただ一度、ジョーに、勝つために「血と陰謀と硝煙に国境はない、何ものにも縛られることなく生きていける」一緒に来ないかと誘われる。その誘いに対し、黄は「僕は自由になれるほど強くないんだ」――

 深い恋が描かれるでもなく、登場人物はさほど拷問に会うわけでもない。ただ、何か、やるせない思いで物語は進んでいく。様々な人々の思いをのみこんで、繰り広げられる悪夢にもかかわらず、なぜか本当の悪人などいないのではないかという夢さえみてしまう。
 そして、読むものを酔わせる、作品底部に流れるロマンティシズム――
 この時代、この場所に生きていたらひどい目に会うかもしれないのに、物語の世界にいる登場人物たちがうらやましくなる、そんな作品である。

 ただ一言付け加えるならば、この「南京…」からかなり経って、続編が書かれた。「Shan−hi1945」は、あまりいただけない。「南京路…」の続編は個々の中で夢みるに抑えた方がよかろうと、私は思う。

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