少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良  作成日:2001/08/04

作 品

ナット・クラッカー

作 者

野間美由紀

コミックス

花とゆめコミックス(白泉社・全1巻)、白泉社レディースコミックス(同)

初 版

1987年12月25日

初 出

「花とゆめ」1987年10〜15号

登場人物:ビリー・フェニックス、ラルフ・キャンベル、ロイ・ジェントリィ、デニス・スワンソン、トーマス・スワンソン、ジェシカ、アニタおばさん、モーナ・リー他

あらすじ: ビリー・フェニックスは、17歳、両親を早くになくし、酒店を兼ねる田舎の叔父の元で育ったが、大学進学を期にシカゴに出た。生活費や学費のため、そこで大手カーステアズ商会の、16〜19歳という年齢制限の募集広告に応募するが、一次面接で落ちてしまう。その帰り道、男二人に襲われ、クロロホルムをかがされて気を失うが、気がつくと車の中で、さきほどの面接官だったスミスという男に助けられた。スミスによると、彼がビリーを助けたらしいのだ。何かの縁ということで、別口の仕事も紹介される。
 下宿先のドーナツショップに帰ったが、翌朝、スミスがけがをしていたのであごのところに貼ったというバンドエイドの下が痛みだし、鏡で見るとほくろができていた。
 不思議に思いながらビリーは昨日スミスに紹介されたところに出向いてみる。それは、映画のロケのような古い造りの豪邸で、庭にはクラシックカーを整備するデニス、そして中にはタキシードを着こなしたロイとラルフという青年たちがいて、ビリーを出迎えた。しかし、ラルフの方は昨日ビリーを襲った一味の一人にとても良く似ている。不審に思いながらも、仕事の中身をきくと、デニスの74歳になる祖父の話し相手が必要で、その話し相手になってほしいというのだ。住み込みで着る服など、一切彼らの指示に従わなければいけないが、特に問題もなく、給料もいいので、ビリーは契約書にサインした。
 ところが、下宿先に帰るとドーナツショップは火事で焼け、家主のアニタおばさんは娘夫婦のところにひきあげたという。早速その日から仕事場に寝止まりすることになってしまったビリーは、パーマをかけられ、ドレスアップし、正装したデニス、ラルフ、ロイと共にディナーに、まずは乾杯をした。が、しかしその席には、ビリーそっくりの女性の写真が飾られていたのだ。(C)咲花圭良
 すべてカーステアズ商会の面接を受けたときに仕組まれていたことだった。
 面接は、写真の女性そっくりの女を探すための面接だったのだ。
 「ナットクラッカー計画」――ビリーが話し相手をするデニスの祖父には、莫大なギャングの遺産の記憶が眠っていて、その記憶を呼び戻すために、立てられた計画なのだ。その記憶を呼び戻すためには、デニスの祖父の恋人、ジェシカという写真の女にそっくりの、ビリーが必要だったのだ。

コメント:野間美由紀の代表作といえば、「パズルゲーム・ハイスクール」、あるいは、「ジュエリー・コネクションシリーズ」があげられるだろう。どちらかといえば、前期の作「パズルゲーム・ハイスクール」の方が知られているかもしれない。どちらもミステリーシリーズで、また、この作品「ナット・クラッカー」も例にもれずミステリー作品である。
 出版社の案内にもある通り、「ナット・クラッカー」は、1987年に一度、花とゆめコミックスで刊行され、野間がレディース分野に移るにしたがって絶版、しかし好評のために再販がのぞまれ、文庫ではなくレディースコミックスとして刊行しなおされた、珍しい作である。
 長編というよりは、中編作品というに適切な長さで、もともと「パズルゲーム・ハイスクール」もほとんど一話完結で書かれていたから、この人の作品の中では長い方に入るのかもしれない。

 息もつかせぬ、予想を裏切る展開で、それまでの野間作品に比べると、品もよく、ちょうど一つの映画を見るようなコンパクトにまとまった作品で、復刊の声がのぞまれたのもわかるような気がする。現に私も一度しか読んでいなかったが、強烈に印象に残っていて、最近になって探したほどなのだ。(C)少女マンガ名作選
 この作品のそうした「息もつかせぬ」を支えているのが、主人公「ビリー」の、頭の回転のよさ、そして、真実に二重三重の網をかけた、構成であろうと思う。が、ミステリー作品に慣れてくると、このビリーの性格が、いかにもミステリーのなぞを解いて行くステレオタイプに見えて、個性というか面白みにかけるというのも確かなのだ。5回連載の枠の中で作ったためか、あるいは、展開を重視すれば、こういうキャラクターになるということかのどちらかで、本来仕方のないことかもしれない。
 その「性格の面白みのなさ」のために、おちで見せるビリーの感想も「ありきたり」になってしまい、詰めが甘い、というか、描き方にも問題があるかもしれないが、質は高いと思うものの、どうもB級よりという感が否めない。
 それでも、少女マンガの枠の中でこれだけ描ききるのであるから、読むだけの価値もあるだろう。当時は「名探偵コナン」も「金田一少年の事件簿」もなかった。いわゆる「さきがけ」でもあったのだ。

 野間美由紀の作品は、全体的に、どちらかというと、どれもB級の感がある。なぜかときかれても、これという答えは出てこないが、おそらくキャラクター設定の甘さというか、キャラクターの人物像の深さにかけるのが大きいような気がする。
 出世作「パズルゲーム・ハイスクール」でも、作品の展開自体はそこそこよい線であったのに、最後かなりだれたのは、長期でひっぱるには登場人物の個性がいまいちというのがあったかもしれない。暴くときの表現や表情も、かなりマンネリだった。私などは、大地が中年太りし始めたころからうんざりし始め、後半は全く勧めない。が、前半はいけるので、また機会があったらお試しいただきたい。

 しかし私は、この人は、ミステリーであるけれども、レディースが出てきた時、酒井美和と並んで(アシスタントをしていたらしい)、絶対にレディースに移る人だと思っていた。まあすけべな表現があるというのもあるけれども、ミステリーを描くのに、男女のそれを抜かして描くのではなかなか難しいし、それは事件をしかける陰謀やなんかのおいしい材料でもあるからだ。普通の少女マンガ枠では、それは少し苦しかった。
 「ナット・クラッカー」は、本当にその過渡期にふさわしいグレードの作品で、ここから「ジュエリー・コネクションシリーズ」を読んで行くと、この人の作家としての展開がわかりやすくてよいだろう。

 全体としては高く評価できなくても、一場面や展開が、ポツリポツリと頭に残っていつまでも忘れさせない、不思議な魅力を持つ作風の人でもある。

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