コメント:「動物のお医者さん」という、佐々木倫子の地味な地味な連載は、いつのまにか、そこに登場するシベリアンハスキーのブームまで巻き起こしてしまった。
が、そんなブームを巻き起こし、十二巻を数えるまでの長期連載になったが、実は動物を作品の中に意味もなく描く佐々木のために、編集部が「獣医さんの話を」という注文を出して、練られ、始められた連載だったらしい。きちんと主人公ハムテルが動物のお医者さんになるまで描かれてはいるが、ネタは全国から紙面で募集し、その度に作っていくという、自転車操業の連載だったということも、コミックス巻末、「Making of 動物のお医者さん」で明かしている。
「動物のお医者さん」というから、知らない人には、お医者さんになるまでの、汗と感動と努力の物語と思われそうであるが、決してそうではない。H大理?を目指していたハムテルが、ほとんど成り行きで獣医を目指し、なんとなく院生を経て、開業にこぎつけるまで(このノリが連載そのもののノリに似ている)の時系列の中で、その獣医学部と、様々な動物たちのエピソードを、ほぼ一回読みきり形式で書かれているのが、「動物のお医者さん」である。(C)少女マンガ名作選
はっきりいってギャグなのだ。
ロマンスさえ、ない。
主人公ハムテルが、獣医になるまでの十年あまり、一度もロマンスらしい話が登場しないのは不自然だという意見があったそうだが、佐々木倫子のマンガにそれを期待する方が間違っているような気もするし、ロマンスどころかおとぼけギャグマンガといったほうが正解である。それでも少女マンガとして成り立つなんてことは、今更少女マンガ読者にとって何ら珍しいことではない。
恋愛沙汰が一度も登場しないだけでなく、院生生活やその雰囲気を知っている私には、あのどこかおとぼけた「お笑いムード」さえも不自然でさえある(だってH大の院卒の獣医なんてその世界ではエリートじゃないか)。が、そんなことを気にしていたら、というか、気にしていてはいけないのだ。
気にしていてはあの独特の世界が壊れてしまうし(だから描かない方も恐らく正解だし)、するような気にもならないくらい、笑えるのだもの。
しかも大笑いするのでなく、コソコソ笑う。
そしていつのまにかその世界に引き込まれてしまう。
それはどこか、かわみなみの「シャンペン・シャワー」の世界に似ているかもしれない。
「あ・そ・ぼ」なんてブツブツつぶやいてしまったら、もうおしまいである。
シベリアン・ハスキーを見て「あ、チョビ」なんて言ったら、間違いなく侵されている。
…てことである。
しかし、どちらかというと、一気に読みふけって朝まで、というマンガではなく、ちょっと開いては、ウフフと笑い、ちょっと開いてはウフフと笑う、というマンガではないだろうか。思い出した頃に取り出して、またウフフと笑う。魔夜峰央「パタリロ!」ほどの毒々しさはないから、忙しい日常の、休日に味わう「清涼剤」として読むと、なかなかいいかもしれない。
ただし、世界に浸って、動物を飼ってみようという気になるかもしれないが、ブームが巻き起こした傷跡が、山に大量に放置されるということもあった。作品の世界に浸るのもいいが、研究者の実態や雰囲気などと同様、現実とは隔たりのあることとも合わせて、上手に作品を楽しまなければいけない。
でなければ、楽しませてくれる作品を台無しにしてしまう。
作品に浸ることは悪いことではないのだ。「麻薬」の魅力がなければ、ある意味駄作ともいえる。肝心なのは、読む我々の、現実と作品世界を切り替えるスィッチの問題なのだ。
上記のことを心にとめた上で、この作品に手を出してほしい。
そんな感じで我々を楽しませてくれる、「素敵な」物語なのだ。
ウフフと笑ってください。