少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良 作成日:2002/05/04

作 品

ラブ・シンクロイド

作 者

柴田昌弘

コミックス

JETSコミックス(白泉社・全9巻)・MF文庫(メディアファクトリー・全5巻)

初 版

1 1982/7/13 2 1982/11/13 3 1983/7/13 4 1984/4/12 5 12/15
6 1985/6/25 7 12/23 8 1986/9/30 9 10/30(JETSコミックス)

初 出

「少年ジェッツ」昭和56年10月号〜58年2月号、
「コミコミ」昭和58年6月号〜61年10月号

登場人物:柵原(やなはら)俊、ミュラ・リブ(ランク特Aスペシャリスト)、カペラ・モー(ランクA、ミュラの助手)、スピカ・ルーシュ(ランクA、ミュラの助手)、ルマ(アンドロイド)、ルーナ・ギイ(ミュラの幼友達)、オーリン・ライネクス(博士)、マーキス・フェペリン(ミュラの母の友人、博士)、
グロア(ハーレム二大勢力の一つ、レジスタンス・ヘッド)、カーラ、ニコル(グロアの子)、
クラーズ、キム・リーマー(ハーレム二大勢力ドラグーン・メンバー)、
パイク・チャンパー(特務警察CRS隊長・後副長)、マグナ(特務警察CRS隊長)、ガゼル(特務警察CRS)、中央管理局評議会評議長シタブリア、バック(バウフェーク)

あらすじ:江南高校サッカー部の一年生レギュラー、柵原俊は、まとわりつくような視線に悩んでいた。視線の主はわからない。それもそのはず、その視線は、地球から8万光年彼方にある惑星オーパの科学者、ドクター・ミュラ(ランク特Aスペシャリスト)という少女が、超次元鏡という、時間と次元を超える鏡を通してみている視線だったからだ。
 ミュラの住む星は、地球よりはるかに文明の進んだ星で、アンドロイドを作るだけの技術や能力があった。惑星オーパは男性が滅亡して女性しかおらず、しかも、男性型アンドロイドを作ることは禁止されている。しかしミュラは、超次元鏡でのぞいていた時偶然、地球の柵原俊をみつけ、一目ぼれし、とうとう、彼そっくりのアンドロイドをつくりだしてしまったのだ。また、そのアンドロイドはただのアンドロイドではなく、同調装置(シンクロナイザ)を胸に埋め込んで完成させれば、地球の俊に同調して、惑星オーパにアンドロイドの体がありながら、俊の人格を持ったシンクロイドとなるのだった。
 ところが、ミュラの助手、カペラとスピカが、そのシンクロナイザの調整を行わないうちから、アンドロイドの俊を始動させてしまい、添い寝していたずらしたものだから、アンドロイドのシュンは変態スケベロボットになってしまった。
 アンドロイドのシュンだけがスケベならいい。なのに、そのシュンが女の子の体を触る感触が、地球にいる俊にまで影響してしまう。体を触る感触だけならいいが、ミュラが触られてシュンを叩いたりひっかいたりすると、その痛みやケガまでが俊に現れる。挙句の果ては、地球の俊の手が勝手に動いて、痴漢までしてしまう。
 地球側の俊は頭がおかしくなりそうになりながら悩んでいたが、それを超次元鏡でみたミュラは、シンクロイドが狂って、地球側の俊に強烈な影響を及ぼしていることに気がついた。そこでミュラは、シュンを縛り付けて、地球の俊に話し掛ける。俊はその声に気づき、ミュラに言われるまま目を閉じると、意識が惑星オーパのシュンの体にシンクロした。俊はミュラに事情を説明され、今までの不可思議な出来事の原因に納得する。ミュラは、俊に謝った後、シンクロイドの再調整のため、シュンを手術すると説明して地球に意識を返した。しかし、手術によってシュンの胸に入れたミュラのメスは、地球に意識が返った俊の胸まで切り裂いたのだ。(C)咲花圭良
 慌ててミュラは縫合したが、俊は出血多量で病院に運ばれる。何とか間に合い、地球の俊の命は取りとめたものの、アンドロイドの手術ができないことに気づいたミュラたち。おりしも、治安局に、「ミュラの家に男性の姿あり」と通報され、極刑に値する男性型アンドロイドが製作されているのではないかと、治安局でミュラの幼馴染、ルーナが取り調べにやってきた。ミュラたちは、慌ててシュンを閉じ込めて隠すが、応対している間にシュンが窓を破って逃げ出してしまう。
 男性の記憶すら消えかけていた女性社会、惑星オーパのローデリア市街は、突然の男性出現にパニックになり、ミュラの犯罪もばれずにおれなくなった。治安局をパラライザで気絶させ、シュンを追うミュラたち。ミュラは何度も追い詰められそうになりながら、管理局の手から何とか逃げおおせるが、地下のハーレム地区に入り、レジスタンスにつかまってしまう。一方、シュンは老婆に捕獲されて保安局の手から逃れていた。その間に、地球にいる俊は、アンドロイドの傷が癒えたために完全に回復、起き上がれるまでになっていた。完治した病院のベッドで目を閉じ、惑星オーパに飛んでみる俊。だが、惑星オーパに意識が飛んだものの、アンドロイドのシュンは老婆に犯される寸前。驚く最中、怪物バウフェークが出現、老婆から逃れ、シュンは市街へと出る。しかし、市街へ出たものの再度のバウフェークの出現のために地下へ転落、地下の最下層に住む思想犯オーリン・ライナクスに助けられる。
 俊は目を覚まし、しばらくして、落下の時、意識を喪失したはずなのにアンドロイドの中にまだいることに気がついた。彼は、アンドロイドの中に意識が入ったまま、地球へ返れなくなったのだ。事態を理解した俊は、その原因である、ミュラを探しに、最下層から脱出するのだったが…

コメント:柴田昌弘の代表作である赤い牙シリーズの「ブルー・ソネット」を少女誌「花とゆめ」で連載しているのと並行して、同じ出版社の少年誌「JETS」で連載が開始されたのが、この「ラブ・シンクロイド」である。
 少年誌なので、もう少し男性受けしそうな話が出てきてもよさそうなのに、男性が滅亡し女性だけの星、遺伝子操作により女だけで子供が作れるという設定で、女の子の裸は山のように出てくるが、濡れ場やそれに相当する場面が少ないのを考えれば、この人のポリシーのようなものも感じられるし、やはり少女漫画家で活躍した人なのだな、と実感するのである。
 思えば「ブルー・ソネット」の冒頭は、ソネットの売春シーンとスプラッタな描写だった。それを少女誌「花とゆめ」誌上で描くのだから、少年誌で描くならいかばかりかと思ったのだが、それほどでも、というのが正直なところだろうか。
 でも、当時は少しは柴田特有のスプラッタシーンというか、残酷さ、エロチシズムには、幾分ついていけないところがあったような気もする。今、読み返してそれを感じないのは、やはり年齢のせいなのだろうか。
 それはさておき、読み返してみても、このスピード感はやはり読ませられる。今読むと当時理解が足りないところもすんなり読めて、少女誌や少年誌に連載していた彼であったが、当時現在のようにマンガ誌が階層わけされていたら、おそらく青年誌で連載されたのが妥当であったかもしれない。それなら「ブルー・ソネット」は、当時以上に話題を読んだことだろう。 

 当時は面白さだけにひきこまれたものであったが、今読むと、割りに観点が面白い、とも思う。ちょっと設定や説明が甘いところもあるし、ちょっと偶然が重なりすぎでないの? と思うところもある。その偶然も、組み合わせて絡ませて話をすすめているから、効果的にストーリーを盛り上げて、気にならない、といえば気にならない。おそらく、読み返して冷静になると、「偶然」と感じられるだけで、初読の時には、次から次へと現れる新たな展開に息つく暇もなく、ぐいぐいとひきこまれていくことだろう。
 
 とにかく舞台がほとんど惑星オーパという別惑星で、人間や性役割のモラルや考え方、生理はそのまま地球人と同じ、考えようによっては、水の上に積み上げられた地下都市と、その上にたつ都市は、極の氷が解けて水没した地球の未来ではと思えるところもあるのだが、それ以外は「よくここまで創ったよなあ」と感心することしきりである。その場の行き当たりばったりで創っているにしては、その制度や細菌・生物などよくできすぎているし、でも、突然出現して紹介されているような印象を受ける展開、効果的ではあるけれども、最初からそこまで計算して創っていたのだろうか、とも思えなくもない。
 最初から計算して創ったのなら、柴田昌弘はこの時代のとんでもない作家の一人に数え上げられるだろうし、計算して創っていないにしても、その後の展開をみるとなかなか巧い。またその場面場面の展開の仕方も、出るぞ出るぞ、何かが出るぞと恐怖を煽ったり、ほっとしたり、途端にまた事件が起こったり、そしてすっきり解決したりしていくのだから、少なくとも作者がどれだけ読者を驚かせて引き込ませようと腐心していたのか、ということがうかがえる。
 だいたいにして人物設定だけでもおいしい。(C)少女マンガ名作選
 変身願望を描いた少女マンガならある。よくある。正直な話、私は少年マンガはあまり知らないのだが、どう考えてもこれは男性側の変身願望ではないかとも思う。地球の普通のサッカー少年が、シンクロイドして女ばかりの世界にやってきて、力はアンドロイドだから通常の7倍、しかもミュラという特Aクラスの秀才でかわいい女の子のそば、時代を変える場面に居合わせヒーローとして成長していく。地球の16歳にこんな機会はまず恵まれない。俊という少年にシンクロして読んでいた少年も、当時実際いたかもしれない。
 ただ、この柵原俊という少年の、柴田独特だと思うところが、「男意気」というのだろうか、おそらく現代の少年には化石と化しつつある、「俺は男でぃ、俺がやらなきゃ、誰がやるんだよ」という少年に設定されているところで、これが書かれた1980年代にも、もう既にほとんど化石化し、天然記念物な存在であったのではないだろうか。しかし、この「男の中の男」と言って、女の子を守り、かばい、助けに行く、この性格が、結局はスーパーマンの体を与えられ、ヒーローになる資格を得ていくのだろうと思えば、案外柴田の「おい、男たちよ、しっかりしろよ」という願いがこめられていたのかもしれない。こんな描き方をするば、今の世ではセクハラ論争の中に巻き込まれ、出版社からストップがかかったかもしれない。でも、柴田が作品の中でしばしばキャラクターの口を借りて述べる「人間として自然な姿」という言葉を考え合わせると、やはり彼の願いが込められていたのかとも思う。
 彼の作品を見ると、女性はいつも守るべき存在であり、特に性として卑しめられている感はない。男性性のはけ口として描くことも否定的であるし、どちらかというと頑ななまでに倫理的である。とすると、女性らしさ、男性らしさ、という性役割に対する反発のようなものも起こっていた時代背景からして、女性として「自然な」性役割、男性として「自然な」性役割があると、メッセージしていても不思議ではない。それが無意識だったか、意識的だったかは別として。
 とすれば、作者がこの作品を書き始めた発端のひとつとして、もしかしたら本当に、「男性としての男は必要なんだ」という当時の彼の思いが、こんなふうな形として表れたのかもしれない。男性ばかりの世界「マージナル」を描いた萩尾望都に触発されてかとも思ったのだが、萩尾の方が3年もスタートが遅い。と考えると、「男が泣いていいのは、財布をなくしたときと、おふくろが死んだときだ」という、「赤い牙シリーズ」の中の名セリフ、それはちょっと言い過ぎでは?と思うけれども、たとえばこの柵原俊のような「男意気」を持った男の子、いいよね、これがある意味、かわいいんだよね、と思わなくもない(もう私もおばさんかもしれない…)から、作品発想の発端は、実はそんなところにもあったかもしれない。

 でも不思議なことに、意外にもワンダーウーマンが、この作品にも出てくる。柴田が並行して書いていた「ブルー・ソネット」のソネットがそうであったが、さすがに女性で男顔負けの容姿のワンダーウーマンが出ているあたりは「ちょっとやめてくれよ」とうんざりするところが無きにしも非ずなのだけれども、特にこの作品と「ブルー・ソネット」との共通点として「ルマ」というアンドロイドの存在。ソネットと同様、並外れて強く、そして、かわいい。
 これは柴田の趣味?
 そんなかわいいワンダーウーマンでさえ、結局最後は女らしさに翻弄される。どんなに強くなっても、こういう女らしさを忘れないでくれよという、メッセージなのか―――
 私には、柴田の個人的趣味のようにも思えてならないのだが。

 ただ残念なことに、後半、「ブルー・ソネット」の時にも感じたのだが、どうも勢いが落ちた、という感じがする。戦闘シーンが減るとやる気がうせるのか、クライマックスが見えると嫌気がさすのか、それとも懐が潤ったからか、クライマックスが気に入らなかったのか、どこからか批判がうるさかったのか、それは定かではないが、わずかなトーンダウンは否めない。
 作品全体にさほどの遜色はないが、前半のハラハラドキドキ感があるからこそ、あの息切れした感は、残念でならない。

Copyright(C)2002-,Kiyora Sakihana. All rights reserved.