少女マンガ名作選作品リスト

担当者:飯塚  作成日:2000/1/20

作 品

パーム (シリーズもの)

作 者

伸 たまき

コミックス

ウィングスコミックス(22巻 位下続刊)、ウィングス文庫(9巻まで既刊) 

初 版

ウィングスコミックス「パーム? お豆の半分」 1984年7月10日

初 出

月刊 WINGS(新書館)           1983年(推測)〜現在も連載中
お豆の半分           1983年
ナッシング・ハート       1984年
あるはずのない海      1984年   〜1986年1月号
スタンダード・デイタイム  1986年10月号〜1987年6月号
星の歴史          1987年 9月号〜1989年1月号
オールスター・プロジェクト 1989年 5月号〜1991年5月号
愛でなく(連載中)

登場人物
カーター: 元外科医。最愛の人ジャネットが他の男性と結婚した為か、あっさりと医者を辞め、私立探偵になる。しかし、ジェームスと出会うまでの2年間は、探偵とは名ばかりで全く何もしてなかった。
ジェームス: :NYマフィアを義父にもつ天才。11歳で誘拐された際に、ロスのマフィアであるエリーに身を売り、その後逃走、投獄。21歳まで監獄生活を送った後、エリーの死を機に出所、カーターの探偵助手になる。
アンディ: カーターの遠縁。アフリカで全く教育を受けずに育ち、しかも5年間ライオンと共に密林で生活をした経験もある。常識も持ち合わせない青年。
アンジェラ: カーターの遠縁の娘。高校生。父親の希望で、いやいやカーター家に下宿する。
その他、カーター家にたむろする人々。

あらすじ:舞台はアメリカ西海岸、ロス・アンジェルス。元外科医のカーターは、私立探偵を開業したものの、 電話帳に電話番号すら載せずに全然仕事をしていなかった。そんな彼に探偵助手を雇う気はないかと、弁護士のジョンが話を持ち掛けてきた。 乗り気でないカーターが、紹介されたジェームスに会ったのは監獄の中だった。
 ジェームスは子供の頃からの天才でありながら、ロスのマフィアのエリーから身を守る為に望んで監獄生活を続けていた。 しかしエリーの死亡を機に出所を決意、就職先を探している所だった。彼の頭脳を買う企業はあったのだが、 ジェームスはカーターの元で探偵助手になる事を望んだ。結局、ジェームスはカーターの元で働く事になり、同居が始まる。
 また同じ時期、遠縁のバーンスタイン博士の希望により、近くの高校に通う彼の娘のアンジェラの下宿話が持ち上がる。 アンジェラは得意の毒舌をもって、同居にことごとく反発するが、逆にカーターの得意の“説教”で説き伏せられ、しぶしぶ同意。
 さらに、カーターの遠縁の息子、アフリカで育ったアンディが、父親の遺言によりカーター家にやって来る。 アンディは3歳で母親を失って以来、彼の飼っていたライオンとしか心を通わせていなかった。何の教育も常識も持っていない少年、 しかもカーター家に来る数年前までの5年間は、そのライオンと共にジャングルで暮らしていた経験の持ち主だった。
 こうして、俗物なのにお固いカーター、堅気じゃない(?)のに博愛主義のジェームス、文字通り“何も知らない”無垢のアンディ、 毒舌のアンジェラの共同生活が始まる。(C)飯塚
 やる気のないカーターをジェームスが後押しして、ようやく初めての探偵らしい仕事が舞い込んで来る。 ジェームスの幼い頃の友人、ワイエスが働く企業内部での麻薬売買の調査だ。共同生活も、仕事も少しずつ軌道に乗りつつあったが、 エリーが死の間際に雇った殺し屋がジェームスの暗殺を企てているという噂がカーター達の耳に入って来る・・・。
(「あるはずのない海」から)

コメント:
「ある家に、ひょんなことから同居人が集まって来て、様々な事件に巻き込まれる」――。
これを聞くと、成田美名子の「エイリアン・ストリート」みたいなもんか、と思うかもしれない。  
 似てるとも言えなくもないが、「エイリアン」が“門戸開放で、来るもの拒まず、呼ばれた方も嬉しくて、みんな仲良く和気あいあい”なのに対して、「パーム」は“呼びたくて呼んだ訳じゃなし、呼ばれた方も「なんで行かなきゃならないの?」”的に同居が始まる。しかし、いざカーター、ジェームス、アンディ、アンジェラの4人の同居が始まると、彼らは「家族」の絆で結ばれて行く。 始めは、カーターの、ジェームスに対してはボスとしての、アンディやアンジェラに対しては保護者としての責任感が、それに代わっていたのは確かだ。 彼らの同居は、いかにも偶然のように描かれているが、読み進めて行くと必然だったのではないか、と言う気持ちにさせられる。 第1話「お豆の半分」のラストシーンで、「誰もが椰子(ココナッツパーム)のように、海を渡ってここへ流れ着いただけだというのに」という カーターのセリフはアメリカ国民の事を言っているのだが、そのままこのシリーズのテーマを暗示しているかのようだ。

 しかし、そもそもこの作品の魅力は、そんな設定にあるわけではない。“西海岸もの”を生かしきった絵柄とストーリーにある。作者曰く“『秘密司令』というスパイものがシリーズのもと”だそうである。 主人公達が巻き込まれる数々の事件はかなりハードだし、危険にさらされるたびに死を予感させる刹那的な雰囲気も、主人公達が根源的に持っている孤独感をその都度思い出させて、スリリングだ。 まるでアクション映画を見ているような気分にさせてくれる。(C)少女マンガ名作選
 明暗を使い分けた絵は、どこかアメリカンコミック風だが、特にカラーでは補色と黒を多用して、くっきりと美しい。色使いはゴーギャンを思わせる。

 そして何よりも登場人物達自身の魅力が大きい。主人公達はもちろんのこと、脇役までそれぞれの個性を描き分けている。しかも、見るからに“カッコイイ男性”と“美しい女性”を描くのがうまい。
 更にセリフも個性を如実に表している上、ストーリーに負けない会話のやり取り、気障な言い回しから、思わず笑ってしまう言い回しまで、うまいなぁと感心してしまう。 彼らはいつでも本音をぶつけ合う。はっきりと言いたい事を訴えて、次第にお互いの理解を深めて行く。そんなところは「いかにもアメリカ人」らしく描かれている。 歯に衣着せぬ物言いは、読んでいて気分がいい。また、カーターとジェームスのとぼけた会話、アンジェラの毒舌、アンディの天然のボケぶりには笑ってしまう。

 しかし、私個人がこの作品に惹かれたのは、主人公3人の背負う孤独感だ。彼らには幼少の頃から自分の居場所がなかった。
 ジェームスはNYマフィアのネガットの養子だった。義理とは言え、彼ら親子の間には会話らしい会話もなく、事実上、使用人一家の子供のような生活を送っていた。 11歳の時にジェームスが身の代金目的で誘拐された時には、義父は身の代金を払うどころかジェームスを死んだ事にしてしまった。自分の身を守る為に、ジェームスは誘拐犯を説得して、ロスのマフィアのエリーに自分を売らせる。 その後、どうにかエリーの下から抜け出し、警官に発砲して少年刑務所に投獄される。刑期が終る頃には脱獄し、再び監獄に戻る生活を繰り返していた。
 アンディは3歳で母親を失った。父親とは、母親の生前から打ち解けてなく、さらに死後はライオンのジェイクとしか心を通わせていなかった。アフリカのサバンナで暮らしていた為何の教育も受けず、人と交わる事を拒み、人間社会の常識にも欠けていた。 彼の父親は、そんな彼を心から愛していた。しかし、二人には心の交流は生まれなかった。父親の死期が近づいていた時、ライオンのジェイクも死んでしまう。「人と交われ」という、父親の最後の望みでアンディはアメリカで唯一の遠縁であるカーター家に来る。
 カーターは日系3世。しかし彼の両親が日系に見えないのに、彼だけは見るからに日系人だった。そのことが彼の母親を苦しめる事になる。彼の母親は、18歳まで自分の父親が日本人である事を知らなかった。さらに日系であるが故に戦時中に苦しい経験を強いられた。 息子を愛したいのに、愛せない。そんな経緯でカーターは伯父に育てられる。伯父のレイフはカーターを力づけ支えてくれた。しかし、どうにか母親と和解できそうになったその日に、両親を交通事故で突然失ってしまう。しかもその直後、自分の目の前で、養父のレイフをも飛行機事故で失ってしまう。

 自分の場所を見つけても、「死」はあっさりとそれを奪っていく。彼らは「死」によって居場所をあっさりと奪われてしまっていたのだ。そして「死」は、いつも唐突にやって来る。そんな場面に直面した彼らには、いつも心にぐっとくるセリフが与えられている。 例えば、ジェームスが誘拐された時に殺害されてしまった彼の養母が、かつて彼に言った言葉「ナッシング・ハート(決して傷つきやしないんだよ)」。第2話のタイトルにもなっているこの言葉は、深く暗い淵に落ち込むジェームスを救う。そんなふうに、主人公達が逆境に立たされた時に作者が投げかける言葉に、胸が熱くなる。
 カーター家に集まる彼らのような「擬似家族」が実際の「家族」とどれだけ違うと言えるのか。血のつながりの有無しか、違いはないのではないか。実際の家族だって元を正せば他人の同居から始まる。 家族とは、お互いを大切に思う気持ち、人は誰だってひとりだと言う気持ち、その表裏一体となった意識で成り立つ共同体でしかない。だから必ず別れが来る。第6話「オールスター・プロジェクト」は、主人公たちの行く末を描いて終ってる。彼らにも別れは訪れるのだ。

 この作品をアクションものの娯楽作品として読むのも、人間ドラマとして読むのも、どちらも正しい。読む人の読み方でいろいろな面を見せてくれる作品だと思う。 ドラマティックな展開は、決して読み手を飽きさせる事はないし、くせのある絵も好き嫌いが分かれる所だが、内容の重さに釣り合ってていいんじゃないだろうか。  

Copyright(C)2000-,Kiyora Sakihana. All rights reserved.