少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良 作成日:1999/3/18

作 品

日出処の天子

作 者

山岸涼子

コミックス

花とゆめコミックス(白泉社・全十一巻)、白泉社文庫全七巻、山岸涼子作品集所収(白泉社)、あすかコミックス・スペシャル山岸涼子全集?〜?所収(角川書店)

初 版

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初 出

『LALA』(白泉社)1980年4月号〜84年6月号まで連載

登場人物:廐戸王子、蘇我毛人、蘇我馬子、刀自古郎女(とじこのいらつめ・毛人妹)、穴穂部間人媛(あなほべのはしひとひめ・廐戸母)、額田部女王(むかたべのひめみこ・推古帝)、淡水、調子麻呂、来米王子、泊瀬部大王(はつせべのおおきみ)、布都姫、大姫、他、

あらすじ:時の権力者大臣(おおおみ)蘇我馬子、十四才の長子毛人は馬で散策中、沐浴をしている少女と出会う。その少女は後に帝の後宮で少年の姿として出会うのであるが、その人こそが、十歳の厩戸王子、後の聖徳太子である。(C)咲花圭良
 厩戸の王子は女性とみまがう如き端麗な容姿、天才、そして不思議な力を持つ人物である。その才気故に、まだ成人せぬうちから朝廷を動かすほどの能力を発揮する。そして、この王子は不思議な力を持つのであるが、毛人に力がきかないことから彼に興味を持ち、また彼との共鳴などによって、蘇我氏と血縁(毛人と王子は実質上はとこになる)であることからも、親密な交流を持つようになる。物語は大君が崩御し、後継者争いから、歴史的に名高い物部氏との闘いなどを描き、毛人の結婚、恋、王子の結婚や恋を描いてまた、歴史になぞらえて政争をも描き、泊瀬部大君暗殺へとストーリーは展開する。 

コメント:ご存じ、聖徳太子と蘇我毛人を主人公にした作品である。あまりにも有名なこの作品を読んだことのない人は、もぐり(古い言い方だなあ…)である、と言いたくなるぐらい、有名なのだ。特に、優等生受けし、題材故に大学教授などのインテリ連中などが読んでいることも多い。ある大学で、この作品のレポートが夏休みの課題として出た、という逸話も残されているほどである。だからもちろん、「アラベスク」、「妖精王」と並んで、山岸涼子の代表作なのである。
 ただ単に、聖徳太子を描いた作品だから、というだけで、話題になったわけではない。山岸涼子の読ませる力はもちろんであるが、その歴史的解釈の独創性でも評価されている。厩戸王子が超能力者に設定されていることばかりが注目されがちであるが、王子である彼が時には変装し事件の進行を裏で動かしていただとか、個人的感情が大事件の発端になってしまっただとか、売り言葉に買い言葉やその場の勢いで事件が展開していくなど、大まかな歴史的流れを、見る側にドキドキさせるような設定で展開させていく。残された歴史の空白を、人間的現実的たくらみ、誤算、偶然性を織り交ぜ、なおかつ作者はそれを計算しているはずなのに、微塵も「計算」を感じさせない。超人、聖人として存在したはずの彼が、泣き、苦しみ、笑い、もだえ、憎み、母親との葛藤から、やがて女性を受け入れられなくなる、という、つまりとても人間くさい人物として息づいている。だから、「まさか」と思いながらも、話の中にのめりこんで行かずにはいられないし、これは山岸の作った世界であるにもかかわらず、まるで実際にあった、「真実」のような錯覚を抱いてしまうのである。かつての古代史ブームの前にこの作品が存在するのも、偶然ではあるまい。(C)少女マンガ名作選
 歴史物語を描く場合、たとえばそれが秀吉だったとして、我々はその時代に生きたわけではないから、その人生を残された文献でしか知ることが出来ないし、同じ時代に生きたとしても、そば近くにいなければ、結局それは空想の世界で補うしかない。また、そば近くにいても、伝える人はため息一つを「苦渋に満ちて」と書くかも知れないが、また別のそばで見ていた人は、「考え込むように」と捕らえるかもしれない。しかし本人は「腹減った」としか考えてない、という風に、真実など、どこに存在するかわからないのだ。
 歴史を書く作家には二つの選択が迫られる。なるだけ多くの人に受け入れられる範囲のイメージで、その世界を歴史に忠実に描くか、あるいは、面白さを優先して物語を歴史の中に織り込ませていくか、である。山岸は後者を選択した。梅原猛はその対談の中で、「マンガだから書ける」ようなことを述べていたが、マンガだからだけではなく、後者の方は並ではない根性と卓越したロールプレイングの能力がなければ、不可能なのである。
 ちなみにこの作品を読んで、「へえ、聖徳太子は超能力者でゲイだったんですか」という人がいるが(親父に多い)、これを言うと表面特に言葉を返されなくても、心の中では(お前そこしか読めてないんか!)ってな具合で、確実に馬鹿にされているのでやめましょう。

 また、続編「馬屋古王女」(うまやこのひめみこ)は、『LALA』誌上で掲載された時、未完のまま終わっている。その後、角川書店の『ASUKA』の方でもう一度完成された形で掲載された。『LALA』誌上では、「未完とは残念です」と山岸が書いていたから、話の内容か、場面で後半がカットされたのだろう。我々には未だ原因がわからぬが、「日出所の天子」コミックス最終巻が非常に薄かったの(通常の三分の一程度の薄さ)は、その前の巻刊行の段階で最終巻に続編掲載が決まっていたからであり、急遽とりやめになって、追加掲載にふさわしい作品もなく、あの状態で発刊したものと考えられる。

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