コメント:「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだ〜れ?」で知られる物語、『白雪姫』の主人公は、実は母親からの刺客に追われノイローゼになっていた。
実は「これ」といって語り継がれるほどの代表作はないのだけれど、人をひきつけずにはやまない不思議な魅力があって、八十年代のマンガ読者なら、一度は必ずきいた名前ではないかと思う。しかし中でも、優しくかわいらしい絵で描かれる世界、彼女のつくる、ほんわかとしていながら、どこかに人間くささがあって、最後にピリリと心臓をくすぐる、そんなファンタジーたちは、短くてもいつまでも心に残って忘れさせない魅力がある。 (C)少女マンガ名作選
『V−K(ビビッドキッズ)☆カンパニー』や、『ダンガン×ヒーロー』など、元気のよい学園ものでの方が知られているが、『フィーメンニンは謳う』や『音匣(オルゴール)ガーデン』などの、ほんわりとしたファンタジー世界の方が実は山口美由紀はうまい。私などは、この人の初期短編から、最初のコミックスが学園ものときいてかなりがっかりしたものだった。
この作、プリンセス症候群は、よくあるおとぎばなしの完全パロディーであるが、実は白雪姫がノイローゼだったという発想、一見笑えるが、確かにああいう状況に置かれたらそんなこともなきにしもあらず、毒りんごも騙されて食べたのではないというあたり、作者が何に疑問を抱いたのか、白雪姫をどうとらえてみたかったのかがほの見えてくる。
それでも、原話に即して話を作っているのは、最初の作品「夢降る森の…」だけで、その後は、王子様と結ばれ結婚したのはいいものの、白雪姫自身また、姑との確執、育児ノイローゼで家出、その後成長した娘も反抗期で家出という、かなり人間くさい展開、「おとぎばなしの世界もたいへんだ」と笑った後、ふと、ファンタジーの世界を、おちょくってるのか、つぶそうとしているのか、とちょっと疑ってみたくもなるが、読み進めるうちに「物語」そのものへの深い愛情や人間への愛情が感じられて、嬉しい。
併載された短編『月光夜曲』もまた、哀しい人間ドラマを底辺にしたファンタジーである。しかし山口テイストで決して悲壮さはなく、短編では心に残る、秀逸作品の一つであるだろう。また、併載されてはいないが、同じく短編『音匣ガーデン』も、悲劇の中に情愛の生み出された一品である。是非ご一読いただきたい。
山口には十巻を越える作品はない。同じファンタジーの中でも長編『フィーメンニンは謳う』(全5巻)等があるが、これに突然入らず、短編を少しずつ読み、咀嚼して、それから、『フィーメンニン―』に入られてはいかがだろか。
疲れた日常の精力剤、こんな「癒し系」の作品系列を、時に味わうのもいいと思う。作品世界にバトルを求め、情熱を費やすことを目的とした人には余り向かないかもしれないが、ハーブティーを味わうように、アロマテラピーをするように、心にやすらぎを、やさしさを求めた時、絵本を開くような気持ちで読んでほしい一品たちである。
激しさはなくていい。心の糸をかすかにふるわせて、涙腺を少しだけほどいて、その情愛に、静かにひたろう。