コメント:とりあえず、まず最初から最後に至るまでの絵の変化に驚かされるのだが、これは吉村明美の出世作であるのだから、その成長過程を見るのだとも思えば、納得もいく。
連載開始段階で既に登場人物たちの平均年齢が高い。主人公の妙、開始当時22歳であるし、のっけから人妻の家出騒動なのだから、最初からある程度の年齢層をターゲットに書かれたのだろう。
が、レディースにあるようなドギツサもなく、ネタとしては昼メロなムードを含んでいるが、それのみに終始せず、話の雰囲気にも好感が持てる。
最初、菊子は自分の価値さえ知らずに生きてきたのに、妙にとって、麒麟館に住人にとって、「なくてはならない人」になり、さらに麒麟館の住人、火野に想われ、恋をし、恋を知らずに結婚をした菊子は、恋を知るようになる。その過程を経て、自分を一人の人間、一人の女として認めなかったった宇佐美秀次は、エゴイズムを認め、菊子を一人の人間として認め、いとおしみ、菊子を解放するまでに至るようになる。
また、はじめ、外見だけで片思いをしていた妙だったが、やがて宇佐美を憎み、それでも愛し、激しい恋の葛藤にいたるまで変わっていく。
つまりこれは、「麒麟館」という下宿屋を舞台にした、恋の名の元に成長する人々の姿を描いた作品なのだ。
しかし、それだけにひとくくりにするには、意外と重く深い作品で、激しい人間同士の確執や女のいやらしさ、すばらしさが、まざまざと描かれていく。
が、テーマも展開も重いわりには、その重さを感じさせず、逆に前半ストーリーの小気味よさに比較的楽に物語に入っていける。(C)少女マンガ名作選
中心となる登場人物たちの事情も複雑で、妙の実の父親は幼い頃になくなり、母親が31の時に再婚した相手は学生で、母親がお腹に子供を抱えている時に蒸発してしまう。(後に帰ってきて、絵描きとして放浪するなかを中学時代、妙がついてまわったりする。いずれ麒麟館にいつくようになる。注・麒麟館はこのお父さんの家の持ち物)
また、菊子は、その母親が一途に想う男に15の時、強姦されて出来た子供で、(男はその後自殺)家が経営する旅館の権利欲しさに借金の支払いを帳消しにするという条件つきで、16の時、身ごもったまま死期間近い老人と結婚した、という曰くつきの出生で、その後母親が再婚したものの、同じ年の連れ子と折り合いが悪く、いづらくなったせいもあって秀次と結婚したのであった。
ところが、前半展開されるこのようなエピソードは序の口、だましあい、ばかしあい、葛藤、闘い――そして、せつないまでの、友情と、恋――恋情。
コミックスが絶版にもならぬのに、文庫化されたのも、伊達ではないのだ。フラワーコミックスという、少女コミックスで刊行されてはいるが、少女の観賞領域の作品ではない。とても個性的な登場人物たちは、よくぞここまで集まったという感もなくはないが、何だか広い日本のどこかに、本当にいそうだと思わせる現実感さえある。
それだけに、怖い。