咲花倉庫少女マンガ名作選特集・竹宮恵子

担当者:咲花圭良  作成日:1999/5/4

作   品

 ファラオの墓

コミックス

 プチフラワーコミックス(全5巻 小学館)
 中公文庫コミック版(全4巻 中央公論社)

初   版

 ―――

初   出

「週間少女コミック」1974年38号〜76年8号

登場人物

 サリオキス(エステーリア国第二王子、砂漠の鷹)、スネフェル(ウルジナ国国王)、ナイルキア(エステーリア国王女、サリオキスの妹)、アンケスエン姫(ウルジナ国ケス宰相の娘)、アウラ・メサ(アビドス国王女)、アビドス王、リセト(アビドス国第一大臣一子)、ベヌ・ティト(サリオキスの乳兄弟)、ムーラ族長老、イザイ(ムーラ族の長)、パピ(イザイ養女)、アリ、ケス宰相(ウルジナ国宰相)、メネプ神官、メリエト皇太后(スネフェル生母、サリオキス、ナイルキア両名兄の実母)他

あらすじ

 四千年前のエジプト、エステーリア国は隣国、ウルジナによって攻め滅ぼされた。その戦いの最中、生き残った第二王子サリオキスは、妹ナイルキアをナイル川に託し、自らも深手を負って逃げ延びる。ウルジナに連れかえられる捕虜の中に紛れこんだサリオキスは、砂漠の中、若き王スネフェルに連れ去られ、スネフェルの婚約者アンケスエンに土産として持ちかえられる。その後サリオキスは、サリオとしてアンケスエンの元で回復するが、街でスネフェルを襲ったことから、焼印を押され、砂漠でスネフェルの墓づくりに従事する奴隷になり囚人村に連れ去られる。サリオキスは自分をかばって石の下敷きになったエステーリア国民の息子をかばい、それがきっかけで暴動が起こったっため、イザイという囚人村の責任者によって処刑される。
 一方、奴隷サリオがサリオキスだと知ったスネフェルは囚人村にかけつけるが、既に処刑されたことを知り、イザイに骨を出させ「エステーリア第二王子」の骨として砂漠にさらしたのであった。
 また、サリオキスによってナイル川に投げ込まれたナイルキア姫は、敵国ウルジナに流れ着き、物忘れの病にかかった娘として、メネプ神官にひきとられる。しかし、サリオキス死亡の噂をききつけ、神殿で自害をはかる。が、居合わせたアンケスエンに救われ、奴隷サリオがサリオキス王子であることを知らぬアンケスエンに、「死んだのは身代わりだ」と告げられ、生きる気力を取り戻し、アンケスエンの侍女として仕えることになる。
 さて、サリオキスは本当に死んだのか。執筆者・咲花圭良
 彼は生きていた。囚人村の長イザイは、ムーラ族の長でもあり、ウルジナ王スネフェルに対し反逆心を抱いていたムーラ族によって、救われていたのだ。サリオキスは、いつか現れるというエジプトの救世主、「砂漠の鷹」ではないかと見こまれて連れ去られたのであるが、事実彼は「砂漠の鷹」にしか抜けない剣を抜き、やがて「砂漠の鷹」として君臨していく。

コメント

 「もしかして、竹宮恵子ってサドじゃないかしら」と思うほど、サリオキスの成長は痛々しい。しかし、その過程があるからこそ、弱くて優しいサリオキス王子が、救世主「砂漠の鷹」として成長することを納得させる。
 また、この作品自体は、亡国エステーリアの王子が、救世主の名を持って復活を遂げる、というストーリーのはずなのだが、なぜか、そのエステーリアを滅ぼした側のウルジナ国王スネフェルの生そのものにも、いや返って、悪役のはずなのに、実は彼がヒーローでないかと思わせられるほど、「スネフェル」という人物の性格が物語の太い要になっている。
 サリオキスが、弱弱しい、悲劇の王子から王として成長していく一方で、スネフェルは王でありながら、「王」になりきれぬまま荒廃していく。そのきっかけとしてあるのが、ウルジナの娘として出会った名もなき少女ナイルキアである。お互い身分を知らず出会った二人の恋は、母に愛されぬ孤独な王スネフェルと、頼るものもなく身分を捨てて生きる亡国の姫ナイルキアの心を癒していく。王の精神が荒廃していくきっかけとなるこの恋が、一歩間違えばうそ臭くなるだけなのに、何の無理もなく描かれて行くのである。このとき竹宮は二十五歳、若いから成せたのか、いや、これは彼女に与えられた才能ゆえなのか。(C)少女マンガ名作選
 もし、これが歴史作家の手によったのならば、「ナイルキアは恋によって親の仇を討ったのかもしれぬ」などとくだらぬことを書くかもしれない。しかし、ナイルキアはあまりにも清純で、二人の恋はあまりにも純粋だ。「ファラオの墓」に限ったことではないが、竹宮作品はえてしてこうなのだ。いつも要となって物語を動かすのは、人間の心である。個々の登場人物はそれぞれのキャラクターをきっちり持っていて、物語をなぞるだけの人物ではない。端人の俗な追随などは、まるで許さないのである。竹宮のロマンチシズム、という受け取り方も出来るが、人間の営みの、これが真実なのかもしれない。

 サリオキスの成長過程は、「機動戦士ガンダム」のアムロの精神的成長過程に似ているのだが、どちらが先だろう、と確認してみると、「ファラオの墓」の方が断然先だった。ガンダムのスタッフでありキャラクターデザイナーだった安彦良和氏と竹宮氏は交流があったはずで、それは果たして共鳴だったのか、影響だったのか。
 ちなみにこの作品は、作者自らが断る通り、元々竹宮氏が持っていたプロットが編集者の目にとまり、不特定だった場所・時間が連載にいたって四千年前のエジプトに設定された。したがって、金髪碧眼のエジプト人が誕生したわけであるが、ストーリーとは本来、そうした自由な発想の元で生まれたものの方が面白いのかもしれない。反対に、不特定であるものを特定せずにそのまま描かれたのが「イズァローン伝説」であったのだろう。

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