あとがき
平成十年夏、新聞屋が新聞の支払いを自動振替に替えたために、映画の券を二枚くれた。七月九日、友人が休みをとれるというので、わざわざ京都から大阪梅田まででかけていくことにした。上映期間があまり長くないので、とりあえずその友人と行くことになった――というか、ただ券くれても行きたいと思った映画以外にはガンとして行かない私が、その時に限って行く気になったのは、実はキタに酒を飲みに行くことが一番の目的で、映画はまあ、ついでだったのだ。
という出だしで書き始めるとたいへん失礼なのだが、それが、大森一樹監督の「June Bride」だった。
でまた趣味の悪いことに、その後行った酒の席で、あそこはどうの、ここはどうのと、映画の茶かし合い合戦になってしまい、「ぃよーし、書きなおしたろかあ? パロディ書いちゃろかあ!?」「おお、書いてまえ、書いてまええ!!」と勢いづき、友人と別れた後、酔った勢いで帰りの電車の中でホロホロと話を組みたて直したのが、この「June Bride」だったのである。
真面目な人や映画のスタッフ・出演者本人たちがきいたら大いに怒りそうなエピソードで、もしかしたら書かない方が良かったかも、とも思うが、これぐらいラフなノリでいかないと、かえって「パロディの粋さ」がない。「てめえ、こんな話はいかんぜよ」と青筋立てて、怒りながら作ったとあっては、なんかひどい不粋じゃないか。
ということで、本当のところをデフォルメしないで、書いてみました。
ホームページのトップページ解説には、「パロディ的試作」というふうにお断りしていますが、どちらかというと、「批評小説」と言った方がいいかもしれない。本来の批評小説というのは、作品の中の人物や語りが直接、作品を批評するものなので、これはちょっと正しい言い方ではないのだけれど、姿勢は同じなので、それでよろしいかと思います。
私は以前、連載中副題にも使った『霧中』という、高校時代に書いた小説で、記憶喪失ものを取り扱ったことがあるので、映画を見ている時にも、私の中では、「あ、『霧中的作品』」と、つい思ってしまい、一度書いたことがある故に、「あんなに簡単に記憶を失うものか?」と思い、また、「あんなに簡単に記憶って戻るものか?」と大いに疑問を抱き、今回の咲花版では、その疑問をストレートに出して、その部分で大きく改変させました。それが大筋での改変であるなら、小さい所の改変は、随所に盛り込んであります。ほとんど、「え? それってちょっと…」というのが原因になって改変されております。
執筆期間としては、その映画を見終わってほぼすぐの時期に書き始め、八月中に細かいところを練りながら、いろいろ調査を進めていきましたが、保険金の資料だけがなかなか手に入らず、ほとんど見切り発車で進んだところ、それから和歌山保険金事件を見ているうちにボロボロ資料がテレビの画面からこぼれて来まして、ようやくなんとか筋が通せたという感じです。
ホームページの立ち上げが、確か九月に決まり、そこで、十月頃に一度執筆の手を休めました。それが六章まで。再開したのが、ホームページ七章更新時の七月からですから、たぶん、ここの間でトーンが大きく変わっているのではないでしょうか。足掛け一年九ヶ月、こんなに時間をかけたのも、『霧中』以来です。
何度も練りなおした「出来あがり原稿」ではなく、締め切り前に書いた「ほぼ生原稿」なので、おそらく終了後に、間延びしたところ、急いだところは手を加えると思います。でもまあ、よくもここまで書けたもんだ、と書いた本人がびっくりしています。
まさか完成するなんて、とは思いますが、一つ書き上げて、通しで実感した(学んだ)ことは、他人の作品をベースに使うというのは、かなり精神的に楽なんだ、ということでした。皆パクリやるはずですよね。妙に納得でした。「箱の中」や「霧中」系の作品なんて、中盤入る前はたいがい胃をやられてゲーゲーなんですよ。
ものを生み出すってたいへんだ。
最後に、BGM。
書くときに使った主用BGMは、前半は様々でしたが、後半はほとんど、玉置浩二のアルバム「ワインレッドの心」でした。「箱の中」はTHE BOOMの「極東サンバ」でノリノリで書いてまして、皆にどういう神経してるの?と言われたんですが、一応今回はOKでしょう。「どんなにかなしーいーこぉとぉもぉ、わたーしーにー、つたーえーてー、うう、こんな哀しいことがあっていいのかしら!?」とか言いながら書いていました。だいたい、アルバムの中に内容とニアミスソングが書いてる本人も気付かない間に混じっているものですが、今回は、三曲目の「Friend」でしたね。千尋→柴野の関係(本当は男女の歌だけど)。
ちなみに作中詞「SOMETIME」は話の中では男の人の歌う曲でしたが、私の中では、宇多田ヒカルさんが歌った時をイメージして書いてました。玉置さんでも合うかもしれませんね。
ということで、いかがでしたでしょうか、「June Bride」。
敢えてキーワードを上げるなら、「理解」でしょうか。
本当は「箱の中」の後の第一作目の長編新作なんだけど、新作という感じもしなかったし、さりとてパロディを書いている、という感じもあまりしませんでした。
欲を言うならもう少し丁寧に書きたかった。
これの改稿はすごいものになっているかもしれません。
また(笑)、お会いしましょう。
平成十二年三月十四日
咲花圭良