第三章

 ―――そして3週間
 葉子の机の上に家庭科の教科書をバサッと乱暴に置いて、恵理が嘆いた。
「葉子! 何ボケーとしてんの? そんな暇あったら次のテストの内容教えてよ! あああああ、なあんで女子には家庭科のテストなんてあるのお?」
 そう、次は女子だけの家庭科の試験である。男子のほとんどが廊下をざわつきながら歩いていて、教室には女子だけになってしまっている。学年末テスト三日目の三時間目。嘆いていた恵理の前に座っている葉子は、葉子は…押し黙ったまま何もしていない。いつも休み時間はがむしゃらに勉強するほうではないが、今回は特に何もしていない。
「あーいいわねっ。既にやらなくたって単位とれてる人は! あたしなんか実技点もままならないってのに。うっうっ」
「恵理ぃ…」
「あん?」
「あんたマフラーできたの?」
 ふいに話の論点が変わったので恵理はきょとんとしていた。が、やがて微かに顔をひきつらせた。
「ふっ…ふっふっふっふっふっ。まっかせたまえよ田崎さん。ちゃんと試験前に百センチ編み上げて提出したわ。」
「――そう、それで試験勉強してないのね。」
「! それを言ったらおしまいじゃないのぉ!」
葉子は深いため息をついた。
「あっ…でも全然ってわけじゃ、ないのよ。ね、葉子さん聞いてる?」
「え? ああ、そうじゃなくて…ね、恵理ぃ」
「あん?」
「あんた今幸せ?」
「…不幸の真っ只中」
「―――――――あ、そう。」
葉子はまた黙った。
 恵理は考えた。葉子の今の状況を何というのだろう? 押し黙ったなんて格好のいいものではない。ボ――――――ッと、そう、俗に言う〃ふぬけ〃。一体全体、何が彼女をこんな風に変えてしまっているのだろう?
「あの…さあ葉子? その…あんた、あの人、堀川さんだっけ? あの人が来た次の日あたりに、中川ちゃんと喧嘩か何かしなかった?」
葉子はふいに顔を上げた。
「え…ううん…してないけど… 何で?」
「あ、そうならいいけど。何かあの後二人共ぎこちなかったような感じしたから…」
「そうだっけ? …気のせいじゃない?」
「そ…うかなぁ…?」
「そーだよ。」
葉子は笑った。
「そだね、うん。じゃ、先生来るからすわるよ。」
 恵理は葉子の後ろの席にすわった。その後ろが中川千里、またその後ろが中村寿美恵となっている。四人は出席番号が近く、四人の性格故に四月頃から一緒にいることが多い。だからあのことがあってからも、葉子が気をつかって中川にいつも通りに接したので、四人の仲に支障を来すようなことはなかったのだ。あの日――堀川圭吾が来た日から、もうそろそろ三週間になろうとしていた。が、その後彼は一度として来ない。――帰って! もう来ないで!――そう言って堀川を追い返したあの日、葉子はそう、多分彼にえらく腹を立てていた。普通ならそんなに腹を立てることでもないのかもしれない。しかし葉子はたまらなく嫌だったのだ。三週間前、中川の言ったことが――
 

「昨日のことだけど――」
 雪がとめどなく振り始めた。さっき別れた恵理は校舎の角を曲がってもう見えない。
「ああ…その事だったらまた明日でいいでしょ。あたしバス来るから行かなきゃ。」
葉子は歩いていこうとした。
「あっと…待ってよ田崎! バスが来るまでまだ五分もあるじゃない。あたし…謝らなきゃいけないと思って…」
歩き出していた洋子は立ち止まって振り向いた。
「何? 何の事? 謝るって…」
立ち止まった葉子を見てほっとした中川は一呼吸置いてから言った。
「昨日、あたしがあの人のことをさ、悪くいっちゃったでしょ。でもあの人、あたしが言ったほど、悪い人じゃないと思うの。写真の女の人に似てるってのも本当じゃないかなと思って…」
「何よ急に…」
「だってあたし」
「中川ちゃんは悪くないわよ。」
「え、でも現に昨日…」
「あれは…あの時あんな状況だったから悪かったのよ。いきなりあんな風にやって来て『きみは成美だろう?』なんて言って全然似てないんだもの…」
「違う! 田崎、あの人そんな人じゃない!」
「なんでそんな事言い切れるの?」
「たっ…ただ何となく…だけど…でも、あの人言ったのよ、たとえ妹とあの人が似てなくても当然なんだって。妹の父親とあの人の母親は再婚同士だから本当の兄弟じゃないって!」
「…それを、あの人が、堀川さんが中川ちゃんに言ったの?」
葉子はゆっくりと息を吐き出しながら言った。
「ねぇ、田崎、本当はどうなのよ。記憶喪失がどうのって…」
「関係ないじゃない…」
「え?」
「中川ちゃんには関係ないでしょ。あたしがどうのこうのって。関係ないじゃない。放っといてよ! あたしもう、嫌なの!」
叫ぶように言って葉子は駆け出した。
「田崎?」
 その時、何故彼女が怒り出したのか中川には分からなかった。
 

 試験は終わった。下足室まで降りてきている生徒の中に恵理と中川と寿美恵がいる。
「で、恵理ってば家庭科大丈夫だったの?」
「もう、運を天にまかせるしかないわね。」
恵理は空をみつめた。
「あんたっていつもそれね。」
中川が言った。恵理の試験の結果は神のみぞ知る…毎回…皆で沈黙した。
「恵理ぃ。今日もバスで帰るのよねぇ?」
「ねぇ、寿美恵、一体全体何考えてんのよ?」
「何ってちいちゃん、なあんにも考えてないわよ。」
「そーだろそーだろ。」
 ちなみに寿美恵はいきなり話題を変える迷人である。『ちいちゃん』は『中川千里』だから、千里の〃ち〃を取って、『ちいちゃん』。参考までに…
「ところで須美恵、バスあるの?」
恵理が尋ねた。
「十二時五分までないの。一時間に一本ってのも、考えものよね。」
「日に一本ってのよりましでしょ。 あと十五分くらいか…。あ、ついでに中川ちゃんも待とうよね。」
「えー、何であたしが…」
「おっ友達じゃなあい。」
須美恵が言った。
「あんたといい恵理といい、なんで都合のいい時だけ『おっ友達』になるのよぉ。」
「ちいちゃん。」
「何よ。」
「あそこのドアの所に立ってる人、ちいちゃんのお兄さんに似てる。」
「え?」
 中川は須美恵の指差した方向を振り返った。下足室の入り口に、大学生らしき青年が…二人。
「あれ? 本当だ。お兄ちゃん、いつ帰ってきたの?」
中川は駆け寄った。眼鏡をかけた、彼女によく似た青年である。
「今朝こっちについたんだよ。」
「それでまた何で学校なんかに…」
「それは…」
彼はちらっと隣にいる青年を見た。つられて中川も見た。彼女にとって見覚えのある青年が一人、立っている。
「あ、ああ、いつぞやの誘拐魔!」
堀川圭吾である。
「誰が誘拐魔だ! 誰が!」
「あ、やっぱり堀川さんだ。」
恵理が来た。
「誰?…彼?」
「葉子のお兄さん候補。」
寿美恵の問いに恵理が答えた。
「お兄…さ、ん? ―――――えー、ひょっとして亜雄君、結婚するのぉ?」
「誰があのシスコン中学生の弟、亜雄君が結婚するなんて言ったのよ。違うわよ。」
「じゃ、何なの?」
「きいてのごとくよ。」
「わかんないわよー。」
二人の会話を横でイライラときいていた中川が思わず、
「えええいうるっさいわねーあんたたちは!」
「ち…ちいちゃん、ひどい。」
「全く。ところで堀川さん、あなた懲りずにまた来たの?」
「『また懲りずに』は余計だよ。この間一度来たきりじゃないか。この前は確たる証拠を何一つ見つけられなかったんで、休みに入ってから改めて来たんだ。…ところで彼女は?」
「葉子なら先生に呼ばれたから先に帰っててって。」
「そーなのよ。あたしはクラブがあるから、葉子ちゃんとはテストの時にしか一緒に帰れないのにぃ。」
と横から文句をはさむのは須美恵。
「そうか…、出直すしかないのかな?」
堀川はボツリと言った。その言葉に恵理が、
「葉子に何かきくつもりだったんですか?」
「ああ、五年前の四月、彼女小学校に転入扱いになってるんだ。それを聞こうかと…」
「そーだよ。葉子ちゃんは六年生の時に転校してきたんだよ。」
 まるで知っていて当然だとでも言うように須美恵が言った。恵理は恵理で自分でも意外なほど驚いた。
「転入? あたしそんなこと聞いたこともないよ。ずっと昔からいるのかと思ってた。 小学校はあたし違ったし。」
「そうなの? でも恵理って中学から一緒だったでしょ? 話題の中にも出てこなかったの?」
恵理の言葉にさらに驚いたのは中川だった。寿美恵は恵理に折られた話の腰をもどして、
「うん…葉子ちゃんっておじいさんの家に養女に行って、それからおじいさんの頼みでまたこっちに戻って来たって、まだ間もない頃に話してくれたの。」
「そうか…。」
堀川はしばらく何か考えていた。
「あっ、でもあなたの妹が行方不明になったのは、六年前なんでしょ?」
「ああ、六年前の冬だ。」
 堀川が黙り込んで、皆もそれにつきあってかしんとした。
 それから堀川は思い出したように顔を上げた。
「成光、悪いけど俺、帰る。」
「え? もういいのか?」
「ああいったん帰るよ。ああ、そうだ成光の妹の、君。今日からしばらくの間、君の家で世話になるから。」
そう言って堀川は成光氏と行ってしまった。
「ねえ、何であの人中川ちゃんのお兄さん知ってるのかなあ…?」
「さあ、一緒の学校なんじゃない?」
「あ、そうか。ちいちゃんのお兄さんって下宿してるんだっけ?」
「そう。」
 その後中川は、何も言わないで、じっと何か考えていた。
 

「すべてはあのじいさんの腹の中だ。」
堀川は車に乗り込んだ。
 

「今回の君の成績だけどねえ、今までとは比べ物にならないくらい悪いんだよ。まあ、今までが良すぎたせいもあるんだろうが…他の二、三の先生からも田崎葉子はどうしたんだと言ってきておられるんだが…」
葉子はうなだれて、虚ろな目をしている。
「…すいません…」
「いや、俺に謝られても仕方ないんだけどね。まぁ君の場合が単位を落とすようなことはないんだし…だから一体、何があったのかと…」
 担任にみつめられて、葉子は黙っていた。それから、ふっと笑うと、
「先生。」
「ん?」
「あたし、何かすっきりしないんですよね。むかむかして…どうしたらいいものでしょうか?」
 

 亜雄が玄関を開けようとした時、堀川が呼び止めた。
「あの、すいません。」
亜雄は振り返った。亜雄は堀川を知らない。堀川は亜雄の存在を知っている。
「何ですか?」
「えっと、葉子さんは…」
「姉はまだ帰ってきていません。祖父も出掛けてます。どなたですか?」
「ええっと…あ、君は亜雄君か?」
「そうですけど…」
「中学生なのに何でこんなに帰りが早いんだ?」
「今日は実力テストだったんです。」
 何だこの子は? 堀川は思った。さっきから堀川をにらみつけている。彼は別に亜雄に恨まれるような事は何もしていない。するも何も今日が初対面なのだ。なのに亜雄はにらみつけている。彼は亜雄とにらめっこするためにやってきたのではないのだ。それなのに…困ったもんだ。
「あんた誰なんだよ。姉貴といったいどういう関係…」
「亜雄!」
 背後から葉子の声がした。堀川が振り返る。三週間ぶりの対面であった。
「亜雄、もういいから中に入ってなさい。」
「だけど…!」
「いいから。堀川さん来て。」
 葉子は堀川の腕をむんずとつかみ、門の外へと連れ出した。堀川は三週間前の葉子とまるっきり別人のように見えたので、どうしたらいいのかとまどっていた。
「あなた馬鹿じゃないの? この間来た時もおじいちゃんに追い返されたのに…あなた何で来たの?」
「え? えっとバ、バス。」
「車の免許持ってないの?」
「いや…まだ道覚えてないから置いてきたんだ。」
「そう、今だったら二時四十分ぐらいのがあるわ、行きましょう。」
黙黙黙。二人は何も話さずに黙黙と歩いている。はっきり言って堀川はどう対応していいか分からず、黙っているのである。
「あたしはこの前はあんな風な態度を取ってしまって悪かったなぁなんて思ったりしたの。」
葉子が口をきいた。
「え? ああ…」
「思えばあなたって行方不明になった妹を捜してただけなのよね。それであたしはその妹かもしれないって思われちゃっただけなのよね。悪かったわ。変な風に疑ったりして…」
「い、いや。」
またしばしの沈黙が続いた。
「ねぇ…」
「え?」
「なんで今日はあなたこんなに大人しいのよ。この前来た時はしつこいくらい、いろんな事きいたのに。」
葉子は彼を見上げた。彼はまた少し戸惑う様に微笑んだ。
「君も…君もこの前来た時の君と全然違うから…」
「そうだっけ? そう、ね。」
 葉子は視線を落としてまた黙り込んでしまった。彼らの今歩いている道は一本道。左手にたんぼを見上げれば山と遠くに空があって、右手はまたすぐ山がある。この辺りはバス停付近と違って、まばらに家があるばかり。この薄曇りの天気の中、田舎道を黙々と二人で歩いているのは、傍からみれば少し滑稽にさえ思われる。よく考えてみれば、堀川が葉子に何かきこうと思えばきけるのだけど、まるで彼は葉子が話し始めるのを待っているかのように黙っている。
「はっきり言って最近ずっとうっとおしかったのよね、おじいちゃんも亜雄も。あたしのすることにあれこれ干渉して…いったい何だっていうのかしら。特におじいちゃんはあなたが来た時からひどいわ。」
「ああ…そうか…悪かった。」
「…別にあなたに謝って欲しいなんて思ってないけど…それにしても、どうしてそんなに必死になって、しかも血のつながってない妹なんて捜してんのよ。おまけにあなたの義理のお父さんって人も死んじゃってるんでしょ? 何か恩でも感じてなきゃ、わざわざこんな所にまで捜しに来ないわよね。」
その葉子の言葉に、堀川は少し考えてから答えた。
「そうだな。はじめって言うか、以前はこんなに必死になって捜してたりしていなかったんだ。妹の遺体が見つからなくて行方不明だと言っても捜すのに見当のつけようもなかった。まぁ、どっちにしても死んだんだと自然に受け入れられる事故だったからな。」
彼はしゃべり続けた。
「ところが去年の秋頃だったか、他県からうちの大学に来た奴で、学部も同じで結構仲のいい奴がいたんだ。知ってるだろう? 君と仲がいい中川君の兄貴だよ。」
葉子はピタリと立ち止まった。
「え? じゃあ、あなたがあたしを訪ねてきたのって、あの人が原因だったの?」
「そうだよ。」
堀川も振り向いて立ち止まった。
「写真の君を見た時にね、最初誰かに似てるなぁ、って思ったんだ。で家に帰ってよくよく考えてみると成美の母親の若い頃にそっくりで、妹の小さい時の面影さえある。これは調べてみる価値がある、そう思って調べて…ある程度結果が出るまで少し時間がかかってしまったけど。」
「そう。」
葉子は再び歩き始めた。
「あとは俺の…母親が再婚する前の家族の家庭の状態ってのが、俺にとってはあまり良い環境ではなくってね。母親は母親で仕事を持っていてめったに家にいることなんてなかったし父親は父親で仕事仕事。三人そろって夕飯食べることなんてめったになかったんだ。そんな中で、両親が不仲になるのは当然といえば当然だったな。俺が十歳ぐらいの時に離婚した。
「じゃあ貴方の本当のお父さんって生きてるの?」
「ああ。もちろん今でも元気に仕事してるよ。」
「ふうん。」
二人はバス停に着いた。しかしまだバスは来ない。時間がある。
「それで二年後にき…妹の父親と再婚したんだ。新しい父親も仕事の忙しい人だったけど優しい人で、母親も仕事をやめて家にいるようになったんだ。」
「何で再婚したぐらいでお母さん仕事やめちゃったの?」
「堀川家っていうのが結構大きな会社を幾つも経営していてね。その総帥たる人は妹の祖父なんだよ。そんな家で勤めに出るほうがおかしいじゃないか。…まぁ、以前勤めていたのは、おやじが仕事仕事っていって、めったに家にいなかったせいもあるな。」
「…まさかおじいさんが妹を捜せって言ったの?」
「ああ、妹は生きていれば、第一後継者だからな。」
「何で? いるのかいないのかわからないような人間捜すよりあなたを総帥にしたほうが早いじゃない。あなたもあなただわ。捜しになんていかなきゃ、あなたが総帥になれるじゃない。」
「おじいさんは血のつながった人間に後を継いで欲しいんだよ。それに…俺はそういう立場ってのには、自分で言うのもなんだけど向かないんだ。俺はどうやら貧乏性らしくてね。」
堀川は笑った。葉子は何も言わない。
「でもこれは半分たてまえだよ。俺は本当に妹を捜したかったんだ。初めての兄弟で仲も良かったし。妹もたまにだけいる父親と祖父しか身内はいなかったから、よくなついてくれてたんだ。彼女の母親の死んだ頃は、彼女の目の前で死んだせいか、しばらく何も話せない状態だったらしいけど、その頃は明るくて、かわいかったんだぜ、とても。『お兄ちゃん。』なんて言って。母には、死んだ母親と混同しそうだからって『お母さん。』ってよんでたよ。死んだ母親には『ママ。』ってよんでたらしいけど。一年半彼女がいて本当に楽しかったよ。」
葉子は吹き出した。
「え…俺何か変なこと言った?」
「いえ、ご、ごめんなさい。あ、あなたがあんまり幸せそうな顔して話すもんだから…」
葉子はキャラキャラと笑う。堀川は顔を赤らめた。
「だけど本当に幸せだったんだって。それ以前は、家に帰っても誰もいなくて…寂しかったんだ。家があんなに大きく感じたことは、なかった。」――――――
バスが来た。今方向転換している。
「君は本当に何も知らないのか?」
「バスが来たわ。」
葉子の表情は柔らかいが眼差しはきつい。
 堀川はため息をついた。
「何で君は前のように俺に接しないんだ?」
「好奇心がわき始めたのよ。単なる、ね。」
堀川はバスに乗り込んだ。戸が閉まり、発車した。
 
 全部の試験が終わった。ホームルームを終えた葉子と恵理が、下足室の入り口から飛び出してきた。
「恵理ぃー! 間に合うのぉー?」
「だあいじょおぶ、だあいじょおぶ! まだ後五分あるもの。」
「じゃっ歩こうよぉ。」
葉子が走るのを止めた。
「そだね。」
恵理も止めた。
「あ…」
校門の所を見ると堀川が立っている。
「やぁ、話があるんだ。」
「あの…バスきそうなんだけど…」
「乗れなかったら送ってくよ。」
葉子は恵理を見ると、何が何やらわからない風情でいた。
「君の友達にきいたんだけど、君は小学校に転入してきた頃、おじさんの家に養女に行ってたって、言ったそうだね。」
「……言ったわ。」
「確かに田崎ようこは子宝に恵まれなかった叔父の家へ三歳で養女に行っていた。ところがだ、彼女は七歳の時すでに亡くなっている。」
葉子は表情をかえない。
「恵理、バス間に合いそうね。」
「…それでは一体君は誰だ。」
「…田崎ようこの身代わりの、田崎葉子よ。」
恵理が一人、顔を強張らせた。